●『山の声』・・・辻まこと(つじ・まこと)の画文集。昭和46年、東京新聞出版局から発行された。

たき火なら、そこらじゅうでやっていた。木をくべて燃やす風呂やストーブだって健在だった。火は当たり前だった。

台風の晩、雨戸が蹴破れそうな雨風になると、お決まりで停電になる。その心細い闇の中で、一本のろうそくがどれだけ温かだったことか。風が収まることを切に願いながらも、もう少しはロウソクを家族で囲んでいたい、と子どもの私はそう思ったものだ。あのオレンジで芯の方がうっすらブルーがかった炎が懐かしい。

昔は今よりずっと火が身近だったなぁ、と思う。

この画文集『山の声』のあとがきにも、こんな文章があった。

炉辺というのは不思議なものだ。炉を囲んで焔を見ている夜は、たとえ沈黙が一晩中続いたとしても、人々はけっして退屈もしないし気詰まりなおもいもしないのだ。反対にまた乾いた喉に渋茶がそそがれ、あるいは盆代わりの茶碗が回り、誰かが賑やかにしゃべりはじめても、そう邪魔にならないだろう。相槌を打っても打たなくてもいいのだ。語り手は半ば焔を聴手とし、人々は燃えうつり消える熱と光を濾してあるいは遠くあるいは近く、そこから生まれてくる話を聴くのだから。
(『山の声』あとがきより)

分かる気がする。「話してはいけない」も窮屈だが、「話さなくてはならない」もつらい。どっちでもいいというのが、何とものんびりと気楽でいいではないか。辻まことは、この本を、炉辺にいる時の気分で書いたようだ。

ちょっと本の紹介をすると、そこでは、なんのことなく小鳥が囀り、風がわたる。山里の民もいれば、山賊もいた。のんびりオカリナを吹いている人もいれば、ボクサー上がりの木こりもいる。山をじっと見つめる気の違った女。吹雪の日だってある。雪面はキラキラ輝き、峠にはお地蔵さんが突っ立った。犬と狸の合いの子のムグという奴が「ウーヒュー」とすっとんきょうな声を出したり(奇跡が待っている)、また、勇ましき多摩川少年探検隊が結成されたりもする。これらは、気楽が話だが、じわりと心の深いところに触れてくる。無心に山道をたどっているときの気分。ゆっくり歩くように読んでいくと、乾いた岩や針葉樹林や山小屋の匂いが鼻をかすめていく。

今は、せいぜい、均一な青いガスの火くらいであろうか。いや、それすら姿を消そうとしている。

“火涸らびた(ひからびた)”今を生きているんだから、せめて『山の声』を読みながら、目を閉じて、落ち葉炊きでもしようか。


『山の声』を読むには

『山の声』(東京新聞出版局 昭和46年)
『ちくま文庫 山の声』(筑摩書房 平成3年)
などで読むことができる。

国立国会図書館→を所蔵) などに所蔵されている。


辻まことについて

個性的な両親
大正2(1913)年9月20日、東京(母親の実家のある福岡とも言われる)で生まれる。父親は辻 潤で、母親は伊藤野枝。本名は辻一(つじ・まこと)。母親が出奔した後は、叔母の家で養われ、後に父親とともに川崎市砂子、東京都大田区蒲田などに住む。昭和3年(14歳)、静岡の工業高校を中退して、父親について渡欧、パリに滞在した。パリのルーブル美術館ではドラクロアに衝撃を受けた。滞在中は、中里介山の『大菩薩峠』を耽読したという。

山を愛した自由人
夜間高校に通ったり、出版社や広告会社に勤めたり、デザイン会社を作ったり、喫茶店を経営したりといろいろやっている。昭和11年(23歳)頃から山歩きを始め、山小屋で暮らしたり、竹久不二彦(竹久夢二の次男)らと金鉱を求めて上信越、東北、北海道の山々を駆けめぐったり、猟をしたりした。山スキーは大会で入賞するほどの腕前だった。昭和13年(25歳)、武林夢想庵宮田文子の子、武林イヴォンヌと結婚(昭和23年別れ、24年松本良子さんという方と再婚)。日本アナキスト連盟機関誌「平民新聞」、草野心平らの詩誌「歴程」、山の雑誌「アルプ」「岳人」、「図書新聞」などに表紙絵・挿絵や文章を寄せていた。
昭和50年(1975年)12月19日、62歳で死去する。墓所は、福島県双葉郡川内村の長福寺( )。


辻まことの馬込文学圏時代

フランスから戻ってから、東京都大田区大岡山、中延、洗足などに住んだ。昭和10年(22歳)、南馬込3丁目(旧大森区馬込東2-1071)の霜田アパートに住む。そこに父親の辻 潤がその愛人松尾としと同棲するようになる。昭和12年(24歳)淀橋区柏木に移転。昭和14年(26歳)、山王4丁目(旧大森区新井宿2-1647)のアパートに戻る。このアパートには、幸田 文(昭和11年頃)、竹久不二彦(竹久夢二の次男。辻まこととイボンヌの間の子の野生(ノブ)を養女として育てていた。昭和17年頃)も住んだ。

柏木にも山王4丁目のアパートにも父親の辻 潤が現れ、ウンザリさせられたようである。この頃の辻まことは、父親から逃げることばかり考えていたという。


参考文献

● 『辻まことの芸術』
(編集:宇佐見英治 みすず書房 昭和54年)

●「わが町あれこれ」第25号
(編集:城戸 昇 わが町あれこれ社 平成12年)


参考サイト

辻潤のひびき→
「いままで発表されたどの辻潤年譜よりも詳細かつ正確」な辻潤の年譜など。辻まことに関する記述もある。

文学者掃苔録図書館/ 辻まこと→

ウィキペディア>辻まこと→

ひょうたん島独立国→
「縄文村」の「古書遊覧物語」に辻まことの紹介があります。


謝辞

“「辻まことの世界」に魅せられて”というサイトを開いておられたRinko様から、『山の声』所収のエッセイ「山の声」に出てくる“月に吠える女の子”が、辻まことが山王4丁目(馬込文学圏)に住んでいた頃近所にいた女の子であることを教えていただいた。それで興味を持ち、この本(『山の声』)を読んだ。よい本に出会えたと思う。Rinko様、ありがとうございます。

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http://www.designroomrune.com/magome/t/tujimakoto/tujimakoto.html



※当ページの最終修正年月日
2008.2.14