●『西部劇通信』・・・昭和5年11月、春陽堂から発行された牧野信一(35歳)の作品集。表題作「西部劇通信」(初出は「作品」)を含め15編からなる。

どこか日常とは違った「別の場所」への憧れ。縦糸になってこの作品集を貫いているのは、そんな旅心とも言えるものではないだろうか。

私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の櫟林の中腹にテントを張り、どちらが母屋であるか差別のつかぬ如き出放題な原始生活を送ってゐた。

『西部劇通信』の最初の短編「川を遡りて」の最初の一文である。すでにここで、その旅心は表れている。「一軒の農家を借りうけ」て日常から少し離れ、さらに「裏山の櫟林の中腹にテントを張」って更に離れる。

表題作の短編「西部劇通信」も同じだ。

一見すると、まさにアメリカ・インデアンの屯所と見られるだらうが、好く好く見ると僕をはぢめいろいろ君の知つてゐる顔であることに気づくだらう。僕らは此處に斯んな小屋がけをしておいて、月の凡そ半分を村の假宿から此處に移つて奇體な原始生活を営む。

やはり、日常から二重に離れる。やはり、遠く離れなくてはいけないのだ。子どもが懐中電灯を握りしめて、アメ玉をポケットに、勇ましく探検ごっこに出かける時のような、そんなワクワク感が醸し出されるのである。

その他の短編も同じく、舞台がどこか昔語りのローマやギリシャのようであったり、遠い過去の追憶の場所だったり・・・。それらも、旅心の一変形であろう。

現実からの逃避、などというと学者の言葉のようで面白くない。牧野信一が求めた「別の場所」は、彼のサンクチュアリ(聖域。心を癒す大切な場所)なんだろうと思う。


『西部劇通信』を読むには

『西部劇通信』(春陽堂 昭和5年)
などで読むことができる。その他、全集などで見かけることもある。

■『西部劇通信』が読める図書館
・国立国会図書館(を所蔵)
・東京都大田区立馬込図書館(を所蔵)
※ その他の図書館で見つけましたら、BBSでご教示ください。


牧野信一について

快活でお洒落な少年
明治29(1896)年11月12日、神奈川県小田原駅の近くで生まれる。父親は信一誕生の翌年に渡米、祖父母と母ヱイに育てられた。中学時代は英語とオルガン・バイオリン・ラッパを得意とする快活でお洒落な少年だった。

認められるが、酒に溺れ
大正3年(18歳)、早稲田大学英文科入学。小説を習作し始める。作文は得意でなかったが、英文を和訳するように書くという独自の作文法を身につけた。大正8年(23歳)、時事新報雑誌部に入り、「少年」「少女」に児童読み物を書く。同年、早大同窓生で同人誌「十三人」の創刊。第2号に発表した『爪』が島崎藤村から激賞される。大正10年(25歳)、時事新報を辞め、郷里小田原に戻って鈴木せつと結婚。大正12年(27歳)、「随筆」の編集者として再び上京。翌昭和13年(28歳)、第一創作集『父を売る子』を出版。初期の代表作となる。滝田樗陰に認められ、また葛西善蔵宇野浩二らの知遇得る。ただし、私小説的作品に行き詰まり、また文壇はプロレタリア文学が隆盛を極め、居場所がなくなる。飲酒に溺れ、生活も苦しくなった。

“ギリシャ牧野”という作風
昭和2年(32歳)、再び小田原へ。小田原ではギリシア・ローマの古典を耽読し、田園叙事詩的な作風に移行、“ギリシャ牧野”といわれる幻想的な作風の萌芽もみられた。『村のストア派』などが書かれる。昭和5年(35歳)、再び上京。『西部劇通信』を出版。昭和6年(36歳)、「文科」の創刊。『ゼーロン』『バラルダ物語』などが書かれた。

心身を病み、突発的にこの世を去る
昭和7年(37歳)、「文科」廃刊。世間の不況と相まって生活苦が募る。健康面も思わしくなく、妻子とも別居。昭和9年(39歳)、『鬼涙村(きなだむら)』を発表。昭和11年(41歳)、激しい神経衰弱に陥り、またもや小田原へ。同年3月24日、散歩に出ようとする母親にすがり「一人にしないでくれ」と懇願、母親は出かけ、信一は直後に納戸で縊死した。遺書はなかった。神奈川県小田原市清光寺に眠っている( )。


牧野信一と馬込

昭和3年初秋、牧野(33歳)は徳田秋声の「二日会」に参加。その帰りに尾崎士郎に連れられて馬込にやって来て、尾崎家にしばらく逗留したようだ。その後、郷里小田原に帰り、昭和5年(35歳)に再び上京。中野区上町、麹町区五番町を経て、9月に大森の谷中に家を借り、小田原から妻子を呼んだ。翌昭和6年(36歳)秋、三田に転居。約一年間の“馬込文学圏”住まいだった。
“馬込文学圏”では特に、同じ谷中住まいの榊山 潤藤浦 洸、と親しかった。
宇野千代と一時噂されたそうだが、定かでない。


参考文献

●『牧野信一展 没後50年』パンフレット
  (神奈川近代文学館 昭和61年)

●『馬込文士村』 (榊山 潤 東都書房 昭和45年) P.11

●『大田文学地図』 (染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年)p.33-36

●『馬込文学地図』 (近藤富枝 講談社 昭和51年 )P.136-145

●『現代日本文学全集 34』 (筑摩書房 昭和30年)

●大田区史研究『史誌』32号
「講演録 宇野千代をめぐって」近藤富枝 p.39


参考サイト

作家牧野信一氏の生誕百年(+8年)を祝すページ →
※写真入りの詳しい年譜などがあります。美男子です!

牧野信一電子文庫→
※ 作品を電子テキストで読むことができます

松岡正剛の千夜千冊/1056夜 牧野信一『ゼーロン・淡雪』→
他に例を見ることがない牧野信一の文章の独自性について言及されています。

文学者掃苔録図書館→
※文学者のお墓を一つ一つ丁寧に訪ねて訪ねておられます(牧野信一のお墓→)。

早稲田と文学/牧野信一→
※妻とのツーショットや『鬼涙村』『父を賣る子』の書影など。


このページのパス

http://www.designroomrune.com/magome/m/makiho/makino.html



※当ページの最終修正年月日
2006.7.8