勝ち戦を重ねていた頃の日本、戦勝祝いの提灯行列があったりする。そんな時代、一人の女性が銀座の飲み屋から大森の飲み屋へやって来る。名は逸子という。この小説には、新しくやって来た逸子をめぐる、周りの人々のちょっとした、波乱というほどではない波風が描かれている。大きな事件が起こるわけじゃない。人々の心の機微が面白い。
小説の舞台は、大森の池上通りのショットバー。かつて山王に多くあった「ドイツ人の家」や、東口にあった「白木屋(しろきや)の食堂」「映画館」や、今もある「省線(今のJR)のガード」なども出てくる。昭和初期の馬込文学圏を知る好資料にもなっている。
『風俗十日』について
南川 潤(みなみかわ・じゅん)が慶応大学卒業直後に書いた作品。第3回三田文学賞(昭和13年)を受賞。高見
順に高く評価された。昭和14年、同書名を持つ作品集が日本文学社から発行された。世界文庫版もある(昭和22年)。昭和52年、日本南川潤文学碑建設委員会により文学社版が復刻された。
南川潤について
庶民の風俗を清冽な筆で描く若手作家として注目を浴びる
大正2(1913)年 9月2日、東京日本橋の材木問屋で生まれる。大正9年(8)日本橋にあった坂本小学校に入学。坂本小学校は谷崎潤一も学んだところである(後にペンネームに一字「潤」をもらう)。病気(心臓弁膜症)により小学校を1年留年し、昭和2年府立第一中学校(日比谷高校)に入学。文学好きの友人たちと回覧雑誌を始める。昭和6年(19)、慶應義塾大学予科入学、昭和9年(22)文学部英文科に進む。昭和10年(23歳)頃から「三田文学」に執筆するようになり「南川
潤」のペンネームを使い始める。卒業直後、『掌の性』で第2回三田文学賞(昭和12年 25)、『風俗十日』で第3回三田文学賞(昭和13年 26)と2年連続で受賞し、脚光を浴びる。ただし、映画会社の脚本部への希望は果たせず、また「少女画報」の編集に携わるが激務に耐えられず数ヶ月で退職ということもあった。昭和16年(29)、野口富士男、青山光二、十返一(とがえり・はじめ。十返肇)、田宮虎彦らと「青年芸術派」を創刊。軍国主義に従属しない作品を密かに目指す。
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| 銀座6丁目の交詢社(こうじゅんしゃ)ビル。かつてこのビルに、南川
潤らが出入りしていた「三田文学」の編集部があった。2005年に改築され、現在、建物前面にのみ当時の面影を残す。 |
桐生の自然の中で過ごした晩年
昭和19年(32)、強制疎開により妻ツネの故郷桐生へ移動。心臓の弱い南川は桐生の自然が気に入る(その後の14年間を桐生で過ごした)。昭和20年(32)、「上毛文芸会」を結成、主宰する。音楽会・文芸講座などを催し、戦中戦後直後の郷土文化の復興に尽力した。この頃から絵筆を取ることも多くなる。
坂口安吾も桐生に来て、付き合いがあった(後に絶交)。馬込文学圏にも住んだ文芸評論家十返肇(とがえり・はじめ。十返一)とも交友関係にあった。昭和29年(42歳)、この年から群馬大学教授森田勇治らと原水爆廃絶運動を推進。共産党員とも積極的に交わった。
昭和30(1955)年 9月22日、心臓弁膜症からの脳出血で永眠。43歳だった。墓所は、群馬県藤岡市の円満寺(
)。谷中墓地などにも分骨されている。
昭和32年の一周忌では桐生倶楽部主宰の追悼会が行われ、席上、間宮茂輔の挨拶があった。間宮とはおそらく原水爆廃絶運動での付き合いだろう。
死後のs昭和34年12月20日、ウィーン平和賞を受賞。
南川 潤と馬込文学圏
実家は東京日本橋にあったが、関東大震災(大正12年)後、東京都大森区山王2丁目1910に来る。現在ジャーマン通りの脇に建つ日本福音ルーテル大森教会のすぐ裏辺りで、岡田三郎の家(山王2丁目1912)の書斎の直ぐ下だったという。昭和12年(25歳)で結婚後、大井(東京都品川区)に住むが、昭和15年(28歳)再び馬込文学圏に戻ってくる(山王2丁目1845。ドイツ学園があった所の隣。元桐生市長前原一治の家を借りた)。昭和19年(32歳)、内務省より疎開命令(1月26日)が出て、3月に妻ツネの実家(群馬県桐生)に移動。
馬込文学圏在住期間は、前期(大正12年〜昭和12年)の14年間と、後期(昭和15年〜19年)の4年間。
参考文献
●『南川 潤年譜』
(南川 潤文学碑建設委員会 昭和52年)
●「山王の風俗と南川潤」
(奥嶋 紘)※『わが町あれこれ 第12号』 (わが町あれこれ社 1996年)
● 『太田文学地図』
(染谷孝哉 蒼海出版 1971年) P.116
●『馬込文士村ガイドブック』
(大田区立郷土博物館 平成8年)P.82
参考サイト
●『桐生の街角美術館・博物館』(S.Neko
& KAIC)→
謝辞
当時の大森の、白木屋デパートや映画館の場所などについて、大森貝塚保存会のクマ様と大森鬼太郎様から情報をいただきました。ありがとうございました。
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※当ページの最終修正年月日
2008.5.7
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