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信頼し合った二人(大正14年12月24日、石川善助、花巻の宮沢賢治を訪ねる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川善助(上左)と宮沢賢治(上右)。賢治の写真は善助に会った大正14年のもの。この頃はまだ花巻農学校の教師だった。善助も藤崎呉服店(宮城県、現・百貨店「藤崎」)の会計課に勤務していた。 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用しました 出典:『詩人 石川善助 〜そのロマンの系譜〜』、新潮日本文学アルバム『宮沢賢治

 

大正14年12月24日(1925年。 ※推定)、石川善助(24歳)が岩手県花巻の宮沢賢治(29歳)を訪ねています。 いつもは憂鬱そうな面持ちの善助も、賢治の 「シンホニイのような愉快な声」 に接して満面の笑みになったそうです。

二人は文学の話はほとんどせず、座敷童子の話でもり上がったといいます。 善助は子どもの頃、実際に座敷童子らしきものを見たことがあるのです。善助の話に触発されてか、賢治は、翌大正15年、 「ざしき童子のはなし」を書いています(青空文庫/宮沢賢治 『ざしき童子のはなし』→)。

二人は2度ほどしか会っていませんが、善助賢治を深く敬愛しました。賢治善助の苦労をしっていて(自分も苦労していたのに)、また、善助の詩才を思いその開花を心から願っています。善助が他界したときの賢治の一文は善助の詩の本質を見事に表しています賢治善助を追うようにして翌昭和8年、死去。

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山本周五郎 添田知道

山本周五郎添田知道も当地で親しくしていました。*

太平洋戦争も末期になると、当地もそうとう空襲されたので、当地の作家はかなり疎開しています。しかし、二人はなぜか終戦まで馬込文学圏(周五郎は現・南馬込一丁目、添田は現・東馬込二丁目)に踏みとどまりました。頻繁に行き来し、少ない物資を分け合って助け合っています。

昭和19年2月8日、当地で、添田の父親の唖蝉坊を亡くなったときは、葬儀の手配等で周五郎が奔走しました。

周五郎の妻のきよい(36歳)の病状が思わしくない時、物資の少ない中、彼女に必要な氷を求めて添田も奔走。昭和20年の5月4日、彼女が亡くなると、周五郎の自宅の本箱を崩して作った棺桶に彼女を納め、空襲警報が鳴る中を、二人で(又従弟の秋山青磁も手伝った)桐ヶ谷火葬場(現・東京都品川区)までリヤカーで引いていっています。

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広津和郎 広津和郎

広津和郎志賀直哉もただの雀友(麻雀の相手)と思いきや、とんでもない、広津が資金に困っていると知ると(松川事件で奔走していた頃か?)、志賀は理由も聞かずに広津に通帳と印鑑を預けたといいます※1

 

※1 平成23年1月22日、渋谷アップリンクでの映画 『松川事件』 の上映後に行われた松澤一直氏のトークショーより。 松澤氏は広津和郎の義理の甥で、ロシア文学者。 広津と同居していたことがある

石川善助『亜寒帯』 宮沢賢治 『春と修羅 ―名著複刻全集近代文学館〈精選 〔20〕〉』
石川善助 『亜寒帯(復刻版)』(名著刊行会) 宮沢賢治 『春と修羅 ―名著複刻全集近代文学館〈精選 〔20〕〉』
『山本周五郎 戦中日記』。周五郎は満州事変から太平洋戦争の末期までのおよそ15年戦争の期間、当地に住んだ。日記には頻繁に添田知道が登場。添田のことは、「そ」「ソ」「添」と記されている* 添田知道の 『空襲下日記』。戦時下を馬込文学圏(東馬込二丁目)で過ごした添田は、空襲が激化する昭和19年11月24日から、その様子を日記に克明に記した。山本周五郎との交友も*

山本周五郎 戦中日記』。周五郎は満州事変から太平洋戦争の末期までのおよそ15年戦争の期間、当地に住んだ。日記には頻繁に添田知道が登場。添田のことは、「そ」「ソ」「添」と記されている*

添田知道の 『空襲下日記』。戦時下を馬込文学圏(東馬込二丁目)で過ごした添田は、空襲が激化する昭和19年11月24日から、その様子を日記に克明に記した。山本周五郎との交友も*
松原新一『怠惰の逆説 ―広津和郎の人生と文学』 阿川弘之『志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)』。晩年の志賀をつぶさに見た著者が、志賀の生涯をリアルに描く。野間文芸賞、毎日出版文化賞受賞作
松原新一『怠惰の逆説 ―広津和郎の人生と文学』 阿川弘之『志賀直哉〈上〉 (新潮文庫)』。晩年の志賀をつぶさに見た著者が、志賀の生涯をリアルに描く。野間文芸賞、毎日出版文化賞受賞作

■ 馬込文学マラソン:
石川善助の 『亜寒帯』 を読む→
山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
広津和郎の『昭和初年のインテリ作家』を読む→
志賀直哉の『暗夜行路』を読む→

■ 参考文献:
・ 『詩人 石川善助 そのロマンの系譜』
 (藤 一也 萬葉堂出版 昭和56年発行) P.152-163

・ 『詩人 石川善助 資料(第一号)』
 (編集・発行:木村健司 昭和52年) P.50

・ 『空襲下日記』 ※購入サイト (Amazon)へ→
 (添田知道 刀水書房 昭和59年発行) P.109 、P.142-145、P.332

・ 『山本周五郎 馬込時代』
 (木村久邇典 福武書店 昭和58年発行) P.87、P.227-243

・ 新潮日本文学アルバム 『山本周五郎
 (新潮社 昭和61年初版発行 昭和61年2刷参照) P.42、P.45

・ 『山本周五郎 戦中日記』
 (角川春樹事務所 平成23年発行) P.62

■ 参考サイト:
宮沢賢治の詩の世界/物見崎→

CiNii/木村聖哉「戦時下の山本周五郎」への反論 〜作家像追究の視点をめぐって)木村久邇典 ※青山学院女子短期大学紀要(平成元年)→

Amazon/『頭でわからないなら尻で理解しろ! 』(松澤一直)→

※当ページの最終修正年月日
2018.10.6

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