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切実なる糞尿問題(昭和13年3月15日、火野葦平の『糞尿譚』、発行される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火野葦平

昭和13年3月15日(1938年。 火野葦平あしへい (31歳)の『糞尿譚』Amazon→が出版されました。

汲取り業者の話。主人公は人から「臭い」と差別されても、やんわりと笑いで返し、また、資金繰りに苦労しながらも、仕事に誇りをもって誠実に踏ん張っていました。しかし、しだいに、地域の政党勢力の対立に巻き込まれていきます。途中、救い主のような人も現れますが、結局はその人にもいいようにされ、読んでいて 暗澹あんたん たる気持ちになり・・・が、大丈夫! 最後には、「黄金の鬼」と化して「 燦然さんぜん と光り」輝きますから!!

この小説で、火野は第6回芥川賞を受賞。日中戦争中で、火野は中国の 杭州こうしゅう Map→に出征していましたから、賞を授与するために日本から小林秀雄(35歳)が派遣され話題になりました。これはある意味伏線で、火野はその後、『麦と兵隊』『土と兵隊』『花と兵隊』といった“戦場もの”を書いて人気を博していきます。

火野が受賞して、芥川賞を取り損ねたのが間宮茂輔(39歳)です。間宮は、審査員の宇野浩二(47歳)から「九分九厘まで入賞」と連絡を受けていながら、受賞を逃しています。戦場で「御国のために闘っている」火野と、非合法下の共産党に関与してあしかけ4年もブタ箱に入れられた間宮とでは、作品の良し悪し以前に、前者に がありました。

糞尿は、どの人にも身近で切実なはずですが(ジャック・シムさんによると人一人平均して1年に2,500回ほどトイレに行き、人生の3年間はトイレにいる計算)、「わたしには関係ございません」という顔をされがち。トイレを「はばかり」といいますが、まさにはば かられるのでしょう。『糞尿譚』は書名からして「糞・尿」ですからスゴイですね。

芥川龍之介

芥川龍之介の『好色』も傑作です。平安前期の平中へいちゅうという天才的プレイボーイ(平 貞文たいら・の・さだふみ という実在の人物)の話です。平中が3回ほど手紙を書くとだいたいの女性は落ち、彼はその手の手紙を続けて5度は書いたことがありませんでした。ところが大臣に仕える侍従が落ちない。20通書いても返事すらこない。平中はしびれを切らせて次なる手紙で「手紙を「見た」と二文字だけの手紙でいいのでください」と書くと、ようやく侍従から手紙がきますが、なんと、平中が送った手紙の「見た」という二文字を切り抜いて紙に貼って寄こすのでした(笑)。天下のプレイボーイもプライドずたずたで、でもさらに侍従への思いは高じるばかり。50通、60通と手紙を書き続けても返事が来ず悶死寸前となって、彼はある策略に出ます。侍従の“汚いもの”を見れば、100年の恋も冷めて、楽になれるだろうと・・・。 この話、芥川の純粋な創作だと思ったら、『今昔物語』(平安末期頃に成立)や『宇治拾遺物語』(鎌倉前期頃に成立)にほぼ同じ流れの話があるのですね。糞尿譚は昔から人気があったんですね。もっと前(奈良時代)の『古事記』『日本書紀』にも糞尿関係が出てきます。

添田知道 レマルク 秦豊吉
レマルク

当地(東京都大田区)も戦中、激しく空襲されますが、そんなさ中も当地に留まった添田知道が、日記に次のように書いています。

・・・庭の穴に、便所をくみ出して埋める。・・・(中略)・・・それを訊ねると、組長にもはっきりしないといふ。まこと以て不明朗なり。既に二ヶ月汲取りなし。みな汲み出して空地へ埋め、あるいは深夜溝に流しなどしてゐる。曇天の日は町中が臭いのだ。アメリカより糞ぜめは参る。・・・・(添田知道『空襲下日記』より)

戦争をリアルにイメージするには、こういった“臭い”も加味する必要があるでしょう。

戦場での用足しはどんなでしょう。レマルクのベストセラーの反戦小説『西部戦線異常なし』は当地(東京都大田区)に住まう秦 豊吉によって初めて和訳されますが、この作品にも、けっこうトイレの場面があります。

・・・軍隊の共同便所へはいるのが実に恥かしかったものだ。扉というものはありゃしない。おまけに二十人ばかりが隣り合って汽車の中のように腰掛けるのである。もちろん一と目でずらりと見渡せる。……兵隊というものは、いつでも監視を受けていなければいけないものだ。・・・(中略)・・・こうして戦場へ出ていると、糞をすることなんぞも、まさに一つの快楽だ。・・・(中略)・・・とにかくそうして糞をするときが、実に本当の無念無想の時間だ。頭の上は青空である。遥か地平線には、黄色い繋留気球がきらきら光って浮いている。それから榴散弾の白い小さい雲が飛ぶ。・・・(以上、レマルク『西部戦線異常なし』より。訳:秦 豊吉)

モース

大森貝塚の発見者・モースは、3度日本に来て長期滞在しています。彼は著書『日本の住まい』Amazon→で、西欧諸国に無理矢理開国させられ、そればかりかそれらの国から低く見られている日本に痛く同情し、日本文化の優れている点を糞尿処理などを例に説きました。糞尿を肥やしとして利用していることに触れ、そのリサイクルシステムを賞賛。一方、日本になかった婦人専用トイレの必要を説き、日本で初めてそれを作らせたとか。東京大学で生物学を教えていたモースは、いずれは女性も入学することを見越したようです。日本のトイレ文化は今も国際的に評価が高く、国連で「世界トイレの日」を制定したシンガポールのジャック・シムさんは、「日本の最大の輸出資源はトイレ文化」と言い切っています。トイレの不十分さが伝染病やレイプの大きな原因になっているとのことです。

西岡秀雄
西岡秀雄

当地の郷土博物館(東京都大田区南馬込五丁目11-13 Map→ Site→)の館長に、昭和54年〜平成13年、「トイレ学」の権威・西岡秀雄(慶応大学名誉教授。『トイレットペーパーの文化誌』Amazon→という著作も)が就任しています。その関係からか、当館で、平成2年に企画展「トイレ考 〜厠からTOILETへ〜」、平成8年に企画展「考古学トイレ考」を開催、注目を集めました。トイレの遺構からは、先史時代の人々の食生活、病気の種類、健康状態、生活環境までが推測できるようです。 糞石 ふんせき というウンコの化石の紹介もありました。 鳥浜とりはま貝塚(福井県三方みかた上中郡かみなかぐん 若狭町 Map→)から二千点を越す糞石が発見され、千浦美智子が研究、業績を上げました。千浦は食事内容とウンコの関連を調べるため、自分、家族、犬の生のウンコも観察、糞石の研究を深めたとのこと。

『滑稽糞尿譚 〜ウィタ・フンニョアリス〜 (文春文庫)』。糞尿にまつわる面白い話の数々。「追いかけるUNKO」(吉行淳之介)、「好色」(芥川龍之介)、「寝小便に泣く男」(安岡章太郎)、「おべんじょ」(田辺聖子)、「モースの便所」(畑 正憲)、「食事と排泄」(星新一)など 藤島 茂『トイレット部長 』(文藝春秋新社)。国鉄の建築課長だった方のベストセラー。国鉄の4,500ものトイレの修繕維持をする仕事に燃える男はトイレの話しかせず、妻はうんざりするが・・・。昭和36年、池部 良が東宝に企画書を出して映画化。池部が男を演じる
『滑稽糞尿譚 〜ウィタ・フンニョアリス〜 (文春文庫)』。糞尿にまつわる面白い話の数々。「追いかけるUNKO」(吉行淳之介)、「好色」(芥川龍之介)、「寝小便に泣く男」(安岡章太郎)、「おべんじょ」(田辺聖子)、「モースの便所」(畑 正憲)、「食事と排泄」(星新一)など 藤島 茂『トイレット部長 』(文藝春秋新社)。国鉄の建築課長だった方のベストセラー。国鉄の4,500ものトイレの修繕維持をする仕事に燃える男はトイレの話しかせず、妻はうんざりするが・・・。昭和36年、池部 良が東宝に企画書を出して映画化。池部が男を演じる
ミダス・デッケルス『ウンコの博物学 〜糞尿から見る人類の文化と歴史〜』(作品社)。秘蔵図版(!?)を250点収載とのこと。翻訳:山本規雄 湯澤規子『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 〜人糞地理学ことはじめ〜 (ちくま新書)』
ミダス・デッケルス『ウンコの博物学 〜糞尿から見る人類の文化と歴史〜』(作品社)。秘蔵図版(!?)を250点収載とのこと。翻訳:山本規雄 湯澤規子『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 〜人糞地理学ことはじめ〜 (ちくま新書)』

■ 馬込文学マラソン:
間宮茂輔の『あらがね』を読む→
芥川龍之介の『魔術』を読む→
池部 良の『風が吹いたら』を読む→

■ 参考文献:
●『六頭目の馬 〜間宮茂輔の生涯〜』(間宮 武 武蔵野書房 平成6年発行)P.5-17 ●今昔物語集(現代語訳)/巻三十第一話 美女のウンコを食う話(芥川龍之介『好色』元話)Site→)* ●『空襲下日記』(添田知道 刀水書房 昭和59年発行)P.6-10、P.33 ●『トレイは世界を救う(PHP新書)』(ジャック・シム 令和元年発行)口絵、P.83-84 ●『トイレの考古学』(編集・発行:東京都大田区立郷土博物館 平成8年発行)ごあいさつ、P.6、P.12-13 ●『映画俳優 池部 良』(志村三代子、弓桁あや ワイズ出版 平成19年発行)P.360-361

※当ページの最終修正年月日
2024.3.15

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