●『海を見に行く』・・・昭和2年2月号の「三田文学」に掲載された石坂洋次郎の初の本格的な小説。彼の馬込文学圏時代の作品であり、彼の馬込文学圏時代の様子が私小説風に描き込まれている。

 

で始まるこの小説は、初めから終わりまでこの調子の夫婦のののしり合いだ。あまりの凄まじさに笑ってしまうし、リズム良く飛び出す悪口雑言が気持ちよくもあった。また「うちのケンカはまだましな方かもしれないな」と自信が出たりもする。

この夫婦はなぜこんなにもいがみ合っているのか?

実はこの新婚の家庭には、今、夫の同郷の知り合いが居候している。夫としては何とかしてやりたいところだが、妻の忍耐にも限度があるというわけだ。学生結婚したこの二人は夫の方はまだ学生で、生活費は実家からの仕送りに頼っているという状況。出世払いということなのだろうが、そんないっぱいいっぱいの生活なのに居候なのだ。

ぷりぷり怒る妻の気持ちも分かるし、薄っぺらい仕送り袋を吹いてて飛ばす妻に激怒する夫の気持ちも分からなくない。“無制限の友情”に郷愁を感じる夫の気持ちも分かるが、現実にはお腹をすかせる妻と子どもだ。

さてさて、どうなることやら。


『海を見に行く』を読むには

「三田文学」
昭和2年の2月号(初出)

『角川文庫 海を見に行く』
(昭和31年 昭和50年改版)

『海を見に行く/中寒二』
(文芸協会出版 昭和54年)

『海を見に行く』
(成瀬書房 昭和54年)

その他、全集や選集などにも所収されている。多くの図書館で読むことができると思う。


石坂洋次郎について

作品が掲載されず、そして高校教師に
明治33(1900)年1月25日、青森県弘前市で生まれる。3人兄弟の次男坊。病弱だった。小学校高学年の頃、コンニャク版の回覧誌を作って小説を試みる。中学生で地方新聞へ詩や短歌や小説の投稿を開始。大正6(17歳)、「時事新報」の懸賞小説で入賞した。一年浪人して慶応大学に進み、そして結婚(学生結婚だった)するが、しばらくして肺炎にかかり療養のため家族とともに郷里に帰る。大正11(22歳)改めて慶応大学国文科に入り直す。長男誕生。しばらくして郷里から妻子を迎え大森の新井宿に住んだ。大学卒業直後(大正14年 25歳)に初の本格的な作品『海を見に行く』を書き上げるが、掲載予定の「三田文学」が一時休刊になっていたため発表が遅れ、石坂は郷里に帰って弘前市内の女学校の教師になってしまった。『海を見に行く』は2年後に発表され注目される。

筆禍を経て、人気作家へ
昭和8年(33歳)、「三田文学」に『若い人』を連載。爽やかな青春像が多くの読者を魅了する。しかしこの作品は「皇室に対する不敬の個所と、軍人に対する誣告的個所」があるとして右翼団体から告訴された。予定されていた朝日新聞への連載小説は取りやめになり、また彼の教職員辞職の時期を早め結果となった。昭和11年(36歳)発表された『麦死なず』は、反対に左翼系の評論家から「左翼運動を誹謗している」と酷評された。“波乱の少ない作家”のイメージがある石坂洋次郎だが、右からも左からも叩かれ、実は相当苦労している。昭和14年(39歳)、弘前高等女学校を退職、上京して執筆に専念するようになった。太平洋戦争中は、陸軍報道班員として尾崎士郎らとフィリピンに派遣されている。

『青い山脈』で国民的作家へ
昭和22年(47歳)、『青い山脈』を朝日新聞に連載。旧弊を突き破ろうとする若いエネルギーを描いて、終戦直後の開放感も相まって、またまた大ヒット作品になった。翌年、『石中先生行状記』。昭和31年(56歳)からは読売新聞に『陽のあたる坂道』を連載。どれも多くの読者を得る。
昭和61(1986)年10月7日、86歳で死去した。墓所は多磨霊園( )。


石坂洋次郎の馬込文学圏時代

大正10年(21歳)で学生結婚した石坂洋次郎は、大正13年(24歳)に郷里から妻と子どもを呼び寄せて、大森の新井宿に住んだ。北村小松が借りていた借家を譲り受けたものという。翌14年(25歳)6月には家族全員で郷里に戻っているので、馬込文学圏にいたのは、長くても1年足らず。三田の慶応義塾に通うのに交通の便がいいこの地を選んだのだと思う。ちなみに先住者の北村小松も慶応の学生だった(※1)

新井宿というと池上通りにそって現在の山王3丁目から中央4丁目あたりまでを指すが、石坂洋次郎は幼い息子をつれて池上本門寺までよく散歩に行ったというので、山王というよりは池上寄りの中央4丁目あたりだろう。臼田坂の近くに住んでいた池部 均池部 良父子に会っているので臼田坂の近辺と予想される。

ちなみに上で紹介した『海を見に行く』は石坂洋次郎の馬込文学圏時代の作品であり、舞台も「池上本門寺の森の近く」になっている。

馬込文学圏の石坂洋次郎 関係地図→

※1:馬込文学圏に関わる作家には、三田系(慶応大学出身)が多い。石坂洋次郎や北村小松の他にも、小島政二郎今井達夫間宮茂輔藤浦 洸原 民喜南川 潤など。


参考文献

●『現代日本文学全集80 大佛次郎・石坂洋次郎集』
(昭和31年 筑摩書房)

●『わが半生の記』
(石坂洋次郎 新潮社 昭和50年)P.110

●『大田文学地図』
(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年)P.84、255-258

●『馬込文士村の作家たち』
(野村 裕 非売品 昭和59年)P.86、P.162-171

●『馬込文士村ガイドブック(改訂版)
(大田区立郷土博物館編 平成8年) P.2-3

●『わが町あれこれ 4号』
(あれこれ社 平成6年)P.23

●『馬込文士村資料室・資料一覧』
(大田区立馬込図書館 平成8年)P.1

●『昭和文学作家史』
(毎日新聞社 昭和52年)P.190-194

●『風が吹いたら』
(池部 良 文藝春秋 平成11年8刷)P.305-319


おすすめサイト

日本映画データベース/ 石坂洋次郎→
※映画化された石坂作品は多い


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※当ページの最終修正年月日
2008.2.16