ずっと前の、若かりし頃の話だが、
岩登りに専念するために、けっこう一生懸命やっていたギターを止めた。
それから25年ばかりは登りに登って、
数年前「登らない」と決めた時、もう止めている理由がないことに気がつき、
自然とまたギターを抱えるようになった。
ギターはすごい下手っぴになっていた、
というか元からそうとう下手だったので、
自分でいうのもなんだが、最近の伸び率はけっこういいかもしれない。
バッハのシャコンヌ(BWV1004) も息絶え絶えの、
“瀕死のシャコンヌ”だが、
なんとか終わりまで弾けるようになった。
毎日登っていたのだから、
今、ギターも毎日弾くようにしている。
これがいいのかもしれない。
ギターが手元になくて弾けない時などは、
バックにひそませた楽譜や技術書をかじる。
我ながらかなり粘着気質だなと思う。
そして弾く時間は、興が乗っても乗らなくても、1時間。
「もう少し弾きたい」感じもあるが、
その「もう少し弾きたい」が次の日のモチベーションに繋がっているようにも思う。
なんとなくかったるかったり、または眠くってギターを持つ気がしなくても、
ともかく1時間は抱えてみる。
抱えて眠ってしまうこともあるが、そんな感じでも1週間も続けていると、
8日目には何かが繋がってくるから不思議なものだ。
そこらへんの物事への関わり方は岩登りから学んだことなので、
アホみたいに岩登りばかりやっていた25年間も案外無駄でなかったかも。
そうそう、ギターで、どうしても指が届かなかった所にある日ふと届いて、
和音が響いてゾクッとする。
届かなかったホールドに、
500回目ぐらいのトライで指先が引っかかって登れる時の快感によく似ている。 |