歌う
ケンサク 2007/03/24(Sat) 08:46 .681

ジェイク・シマブクロの演奏は、
なぜ、こんなにもいいのか?
その理由が一つ分かった。

インタビューでジェイクは言っていた。
「ボクの曲には、ボクの中では歌がついているんだ」
ウクレレ一本の演奏であっても、彼はウクレレで歌っている。
だからなんだ。

神奈川フィルハーモニーのシュナイトさんも同じようなことを言っている。
「正確に演奏することよりも、歌うことが大切です」と。

モーツアルトはどれも同じに聞こえてしまう私が
モーツアルトで初めて感動したのは、
確かシュナイトさんがタクトを振った40番だった。
高音部が舞い降りてきたとき、ふと涙があふれたのを覚えている。
あ、あれは天使の声(歌)だ! と思った。

書籍・雑誌のデザイン(レイアウト)を生業にしている私も、
原稿や写真という“譜面”で歌いたいと思う今日この頃である。


ジェイク!
ケンサク 2007/03/16(Fri) 17:57 .680

先日も少し触れたジェイク・シマブクロに、今、大はまりである。
どのくらいはまっているかというと、1時間に1回くらいの割合で聴いている。
60分間ぶっ通しで仕事するより、
5分間ジェイク(と呼び捨てにして親近感を表したい)を聴いて55分間仕事した方が確実にはかどるような気がしている。
彼の演奏は、私に燃えるための“燃料”を注いでくれるかのようだ。

今までも歌にはずいぶんとはまってきた。
一時期の赤い鳥であったり、
一時期の六文銭であったり、
一時期の憂歌団であったり、
一時期の太田裕美であったり、
一時期の荒井由美であったり、
一時期の中島みゆきであったり、
一時期の友部正人であったり、
一時期の友川かずきであったり、
一時期の長渕 剛であったり、
一時期の宇多田ヒカルであったり・・・
※洋楽は言葉がわからないので・・・
と、はまってきた(今でも皆さんのこと好きですよ)。

でも考えてみたら楽器やる人にはまるといえるほどはまったことはなかったような気がする。
少なくとも1時間聴かないとさみしくなってしまうような、
そういう演奏家には出会ってこなかった。
ああ、ジェイク・シマブクロいいな〜。

今、一番やりたいことは?
もちろんジェイクが音楽を担当した映画「フラガール」を見に行くこと!
どうか、もうしばらく映画館でやっていますように・・・

ジェイクの優しく心に届く'Touch'→
※YouTubeのコンテンツです

最後の20秒間で熱狂の'Orange World'→
※YouTubeのコンテンツです

「フラガール」公式サイト→


友達100人主義
ケンサク 2007/02/21(Wed) 14:50 .679

「ともだち100人できるかな〜」という歌は、
今でも小学校とかで歌われているんだろうか。
そこには、“ともだち”は“いいもの”という前提がある。
多ければ多いほど、いいらしい。
それを「友達100人主義」と呼ぶことにした。
私はアンチ「友達100人主義」である。

“ともだち”って本当にそんなにいいものだろうか?
第一、“ともだち”って何なのか?
それに、じゃあ、“ともだちでない人”ってのは、何者なのか?
101人目は何者なのか?
「俺はダチが多くってね」って人が寄って来たら、逃げたくならないか?

学校に勤めている時、放課後、
ある一人の女の子が教室に入ってくると
今までたむろしていた数人の女の子全員が
いつの間にか教室から姿を消している、ということが何度かあった。
一人残された女の子のかすかな笑顔を思い出すにつけ、
今でも心に針を感じる。
そんな状況に対して、私はまったくもって無力だったのだ。

いっそのこと、みんな友達作りなんて止めちまって、
みんながみんなバラバラであったらいいなと、
何度も、何度も、何度も思った。
だって一人の子を置いて教室を出ていった女の子たちも、
一人一人であるときには、優しい子たちなのだから。

友達も、ダチも、茶飲み友達も、気の合うやつも・・・つくづくいらないなと思う。
セクトのある場所なら、頭を下げて通うようなことは絶対にしたくない。

バラバラな人たちと、バラバラに、信頼を築いていきたい。


関口良雄さん
m n 2007/02/16(Fri) 17:37 .677
『昔日の客』を読んで、関口良雄さんに関心を持ちました。
こちらで紹介されている『口のすべり』(尾崎一雄)が収められている作品をご教示いただければ幸いです。また、『古書店奇人伝』(青木正美)とありますが、『古本屋奇人伝』の間違いかと思いますが、どうでしょうか。

  ありがとうございます
ケンサク 2007/02/16(Fri) 18:33 .678
 

m n様
お書き込み、ありがとうございます。

あたかも読んだかのように書いてしまったかもしれませんが、
『口のすべり』(尾崎一雄)は参考文献にあったのを書いたまでです。
私も興味ありますので、分かりましたら、ご教示ください。

>『古本屋奇人伝』
おそらくそうなんだろうと思います。
確認の上、修正いたします。

ありがとうございました。


一羽の白鳥
ケンサク 2007/02/02(Fri) 13:50  .676

生まれて初めて、クラシックバレーを鑑賞する機会に恵まれた。
坂の多い渋谷の、何という坂か知らないがのぼりつめてNHKホールの前に立つと、
そこは素敵なお洋服をきたお嬢様方をつれた素敵なご家族の方々で溢れていた。
一瞬、私の来る所ではなかったか!?との不安がよぎったが、
心を強くしてホール内に入った。

演目は、森下洋子氏がプリマを務める松山バレエ団による「白鳥の湖」。
森下氏は、クラシックバレーを知らない私も昔から知っているくらい高名な方だ。
バレー歴50年というからすごい。
彼女の踊りを見るのが一番の目的だ。

オーケストラの前奏があってしばらくして緞帳が開くと、そこは、
まばゆいばかりのお伽噺の世界だった。
舞台から落ちそうなほどたくさんの人が、
台詞のない無音の世界を(むろんオケの演奏はあるが)、
カタリカタリを音をさせて飛び回る不思議な空間。
もの珍しいので視線はどうしても中央にいってしまうのだが、
舞台の端のほうで踊っている人もはりつめた演技をしているのに驚かされた。

昔のことだが、
ジャズにハマっていたはずの我が妹が突然トーシューズを買ってきて家族を驚かせたことがあった。
また福祉畑バリバリの妻も、昔「バレーやりたい!」といって両親を手こずらせたことがあるという。
二人とも実際にやるまではいたらなかったようだが、
やはり男性には計り知れないほどの魅力をバレーは多くの女性に放射しているようである。
そんなことを思い出していた。

舞台には蒼いドライアイスの煙が流れ、
そこを肩をふるわせた一羽の白鳥が、
ツツツッーと滑るようにしてやってきた。
なんと可憐で、そして悲しげな白鳥だろう。
その悲しげな白鳥を、王子がふわっと温かく受け止める。
森下洋子氏は全く一羽の白鳥であった。
足先までわななかせ、悲しんでいる白鳥がいるとしたらおそらくそういった動作をするんだろうなと思いながらみていた。

ホールの入口でもらったチラシに松山バレー団からのメッセージがあった。
「・・・つまづこうがわらわれようが貧しかろうが、他に甘んずることなく、己を第一の頼りにして、自己の力を源として・・・」
なる言葉が目に飛び込んできた。
舞台の感激とともにこのチラシも大切にとっておこう。