すごいウクレレ
ケンサク 2007/01/23(Tue) 14:27 .674

仕事が一区切りついたので「さーて、今から文学モードに入るよ。文学以外のことはしゃべらないからね。よろしく」と言ったら、「いつもそうじゃない」と突っ込まれた。参った。いや、さっきまでジェイク・シマブクロのことを話していたじゃないか・・・

すごいウクレレ。心、震えた。
↓↓↓
http://www.ukuleledisco.com/jake

こんなのもありました!!!
同じ人のようです。
http://www.youtube.com/watch?v=ZqaYmQZgrB4


抱く
ケンサク 2007/01/16(Tue) 21:00 .673

ギターの大きな特徴は、演奏する時に“抱く”ところにある。
と、ギタリストの福田進一氏。
腕の中というごく親密な距離で、ギターは鳴る。
だから福田氏は、ギターが好きなんだそうです。

分かるなぁ。
抱いていることに気がついて、
私もまた一つギターが好きになったような気がします。

下の写真はギターには関係ないけど、
この前ベランダの手すりに一晩中いた、白いハト。


初春
Rinko 2007/01/05(Fri) 09:55 671
あけましておめでとうございます。
本年も、思いついたら駆けつけて緊張なく書かせていただこうと思っております。
まずは新年のご挨拶から。

  明けましておめでとうございます...
ケンサク 2007/01/06(Sat) 00:40 .672
 

Rinko様、お書き込み、ありがとうございます!
お気が向いたら、
これからも気軽にお書き込みください。
執筆、がんばってくださいね!

P.S.
先日『無想庵物語』を入手いたしました。


勝に負けるな
ケンサク 2006/12/28(Thu) 16:07 .670

去年の今頃も子母澤 寛の『勝海舟』を読んでいて、
今もまだそれを読んでいる。
分からない言葉があれば、まずは国語辞典で調べ、
それになければ漢和辞典。
それにもなければ広辞苑やWebで調べながら読み進めている。
知らない地名が出てくることも多く、
それらもいちいち地図帳で確かめるようにしている。
「『勝海舟』は仕事前のコーヒータイムに」と決めているので、
時間がないと一つの言葉を調べるだけでタイムアウト。
漢詩などが出てくれば、もうそこで数日足踏みだ。
それでも、新しい言葉や場所との出会いは興味深く、
私にとってこの朝の読書は「一日の臍」ともいえる大切な時間なのである。
・・・と、超遅読の弁解など。

全六巻あるうちの五巻目の終りに差しかかった。
ちょっと前、江戸城の明け渡しもあった。
勝海舟と西郷隆盛の会談が一日でも遅れていたら
江戸は火の海になっていたかもしれなかったという。
その緊迫した状況を思えば、
今の私の身の周りのあれやこれやなどは、
かゆい程度のことに過ぎない。

その時、勝海舟、46歳。
人生勝ち負けじゃないが、負けちゃいられないなと思う。

            ●

今年も「馬込文学マラソン」で、いろいろ出会いがありました。
作家のご位牌を守っていらっしゃるという方からメールをいただいたり、
作家自身(まだ取り上げていない作家の方です)に近所でお会いできたり。
また、資料や情報を提供してくださる方もいて、
こんな拙いサイトなのにもったいないような、ありがたいような気持ちでいっぱいです。
来年ものんびりと走って行きますので、
よろしくお願いいたします。

皆様、良いお年をお迎えください。
そして、ちょっと早いですが、明けましておめでとうございます。


分子は分母によって
ケンサク 2006/12/18(Mon) 13:54 .669

下記サイトに松岡正剛氏の「分母によって分子の意味が変わる」という言葉がある。
上手いことをいうな、とえらく関心した。
「テロ」も、分母に「ナショナリズム」をもってくるか
「民主主義」をもってくるかによって意味が大きく変わってくるという。

参考サイト:
松岡正剛の千夜千冊>『負ける建築』隈 研吾→

こんなことがあった。

三浦じゅん氏ではないが、私も小学校高学年あたりから中学時代にかけて仏像マニアだった。
(三浦氏と私はほぼ同年代。やはり、ウルトラマンの影響か・・・)
ある日、鎌倉の覚園寺(円覚寺ではありません)というお寺さんにいったら、
他に拝観者はおらず、中学生だった我々二人だけをつれて、
お寺の住職さん自らがお寺の隅々までを案内してくださった。
お住職さんは、お堂に入ると、まずは線香をたいて祈祷する。
この宗教的な真摯な雰囲気に心打たれた。
そして、寺内の薬師堂。
正面の薄暗がりの中から、木彫の薬師三尊の慈顔が少しずつ浮かび上がってきた時、
本物に出会ったような気がした。
その時の感動は、今も生々しい。

時と所は変わって、中学の修学旅行の時。
定番の京都・奈良だった。
一番の楽しみは、阿修羅像に相見えることであったが、
行列を作って見たガラスの中の阿修羅像の、ちっぼけでつまらなかったことといったらない。
写真集で眺める方が、よっぽどましと思った。
(この時あたりから、博物館・美術館にあまり興味がなくなった)

何が言いたいかというと、「仏像」を分子とした場合、
分母が「本来ある場所」か、
「展示場」かで全くの「別物」に化けるということだ。

先日、久しぶりに、山下和仁氏のギターで、
バッハの無伴奏バイオリンパルティータ第2番を一楽章から最終楽章の『シャコンヌ』まで通して聴いてみた。
で、発見したのだが、一楽章から聴いていくと『シャコンヌ』の冒頭の「poco F=(「少し強く」という意味の音楽記号)」の箇所は「そうとう弱く」っていい。
山下氏はそのように演奏していた。
『シャコンヌ』直前の四楽章『ジーグ』でぶっ飛ばしたのであれば、
『シャコンヌ』の冒頭は、ほっと息を抜くぐらいの音の方が効果的なんだなと思った。
何が言いたいかというと、『シャコンヌ』もその一楽章だけを演奏する時と、
全ての楽章を通してやる時とでは、弾き方が違ってくる。
弾き方を変えた方が面白いということだ。
「シャコンヌ」という分子も、「一楽章演奏」「全楽章演奏」と分母が変われば変化する。

最後に、書籍のレイアウトについて。
一つのぺージのレイアウトだけを取りだして
「どう」「こう」言えないのは、
その1ページも、全てのページの中の1ベージだからだ。
本全体という分母がある。
他のページとは違ったテイストを出した方がいい場合もあれば、
他のページを踏襲した方がいい場合もあろう。
特に隣り合ったページとの関係は重要だ。

こんな具合に、ちょっと思いめぐらしただけでも、
「分母によって分子が変わる(を変えた方がいい)」の実例を簡単に挙げることができる。

「これっきゃない」と思う時も、ちょっと踏みとどまって、
分母を変えて考えるクセをつけたいものである(自戒)。