ノイズ
ケンサク 2006/08/01(Tue) 07:57 .598

久しぶりに床屋さんで散髪してもらいながら、ふと、思った。
ぼくはノイズってものに惹かれるのかな、と。

欠けたところだらけじゃしょうがないけれど、何かとてもいいもののどこか一箇所が欠けているとグッとくる。
セザンヌの絵の塗り残しのキャンバス地であったり、超絶的な演奏で演奏家が発するうなり声であったり。
計算され、効果をねらったノイズというのもあるんだろうけど、そうじゃなくて、無心の境地からこぼれ落ちたようなそんなノイズ。

厳密には、ノイズに惹かれるではなく、ノイズによって全体の素晴らしさがさらに際だっていて、それに惹かれているのかもしれないけどね。


かぶりつきの季節
ケンサク 2006/07/24(Mon) 06:37 .592

この夏のメインイベントも「クラシック音楽のかぶりつき鑑賞」です。先日は、大野和士氏指揮、東京フィルハーモニー交響楽団のベルリオーズ「ロミオとジュリエット」を聴いてきました。そして、「やはり“かぶりつき”は良いよね」との思いを強くしたのでした。

かぶりつきは、手前の奏者はよく見えてもオーケストラ全体が見渡せず、聞こえる音にも偏りがあるので、正統な音楽鑑賞家は比較的避けるようです。だから、発売日に躍起にならないでも案外チケットをゲットしやすいのが嬉しいです。

なぜに“かぶりつき”かといえば、音が偏っていようがなんだろうが、奏者の息づかいが聞こえます。生身の人間が演奏しているというのが、実感できます。指揮者が式台でドンと跳ねればその振動までが伝わってきますし、ビオラ奏者が身を乗り出して弓をひけば椅子の軋みまでが耳に届くのです。この臨場感がたまりません。

今夏は、あと、佐渡 裕氏のストラヴィンスキー「春の祭典」、コバケン(小林研一郎氏)のベルリオーズの「幻想交響曲」を“かぶりつき”で聴く予定。


才色兼備がやって来た!
ケンサク 2006/07/16(Sun) 12:36 .591

わくわくドキドキの資料が国会図書館から届きました。
遠隔複写サービスというのを利用したのです。

欲が深まってきまして、本になっていない作家まで触手を伸ばしています。
芥川龍之介も愛した才媛片山廣子(かたやま・ひろこ)の長女の片山総子がまたまた才色兼備の才媛で、堀 辰雄などもそうとうお熱を上げたという人物なのです。その片山総子、宗 瑛(そう・えい)というペンネームで一時期、作家として大活躍していた。となれば、放ってはおけません。
ところが、宗 瑛の作品は本になっていないのですね。
雑誌発表で終わっています。
それで、今回の遠隔複写サービス利用ということになったのです。
国会図書館は、雑誌の類いまで発行されたものなら、ほぼ完全に保管されています。

複写料1枚30円。家にいながら幻の作家が読めるのですから、このサービス使わない手はありませんね!
ちなみに片山総子(宗 瑛)も結婚するまでは馬込文学圏(山王3丁目)住まいです。
片山総子(宗 瑛)については
   ↓↓↓
講談社BOOK倶楽部/『物語の娘』について


不完全であること
ケンサク 2006/07/08(Sat) 10:18 .583

「不完全であるときだけ、
私は成功したと感じる」
たしかラウシェンバーグか誰かが言った言葉で、
わたしは、この言葉を3日に一度は思い出します。
“完全”には自信がないので、この言葉がずいぶんと救いなのです。
何かに躊躇していても、「不完全でもいい」と思えば、ちょっと勇気をもって前に進める、そんな気がします。

ラウシェンバーグは、「不完全でもいい」ではなく、
もっと積極的に「不完全でありたい」といっています。
ただごとでないです。
完全ではいけないのですから。
彼が言いたいことと少しズレるかもしれないけれど、
これは、あるゆるものごとがプロセスにあるという発想かな、とも思います。

この前テレビを見ていたら、
ある服飾デザイナーがその道を選んだ理由を話していました。
彼がアルバイトで初めてハサミで布を切ったとき、とっても下手だった。
矛盾するようですが、だから、その道に進もうと思ったというのですね。
ゆっくり上達していって、一生楽しめると。

夢に向かって歩くならば、不完全であること、常にプロセスであることを、もっと大切にしてもいいんだな、と改めて思いました。


毎日、毎日
ケンサク 2006/07/02(Sun) 13:24 .581
毎日1時間ギターを弾く、ということを始めて、もうじき1年かと思う。
一昨日昨日と1泊の小旅行に出かけたが、出発前に弾いて、帰ってから弾いた。
月に数回襲ってくるチョー忙しい入稿日も、なんとか欠かすことなく何回かやり過ごすことができたので、続ける自信がかなりついてきた。
眠い日はギターホールにヨダレがたれちゃったり、弾きながら眠ってしまうこともあったが、“毎日”にこだわっているので、なんとかガンバル。
“今日は、ま、いいか”で結局やらなくなる自分の弱さを痛いほど知ってますんで・・・