疾走する自転車
ケンサク 2006/04/25(Tue) 14:23 .542

近頃の自転車は歩道でも人を縫って疾走するものらしい。
おじさんもおばさんも、子どもも皆、よく疾走する。
障害物があると、無言でチャリン・チャリンである。

先日、歩道を歩いていたら、
若い女の子の自転車がガツンとぶつかってきた。
むっとした顔をされ、
思わず「すみません」と謝ってしまった自分が情けない。

しかし、当て逃げしようとする自転車の女の子の腕でもつかもうものなら、
あべこべに、こちらが逮捕されかねないご時世だ。
くわばら、くわばら。

腕を振りながら闊歩する歩きタバコよりも、
疾走する自転車に恐怖する今日この頃です。


二人の桜
ケンサク 2006/04/19(Wed) 22:52 .540

思うところがあって、昨晩、梶井基次郎の『櫻の樹の下には』を読み返してみた。

桜があんなにも綺麗な花をつけるのは、どの桜の木の下にも死体が埋まっているからであって、その死体からたらたらと流れでる水晶のような液体を吸いとっているからだという。美しいものの裏側に死のにおいをかぎ取る梶井基次郎の独特な感性に改めて驚かされた。

読み返したのは、桜が、梶井基次郎と宇野千代を結びつけるキーワードになるのではないかと思ったからだ。宇野千代が桜にこだわり、着物の意匠に桜を散りばめたり、岐阜県の「薄墨の桜」の保護に奔走したりしたことはよく知られているが、その宇野千代の“桜”と、梶井基次郎の“桜”とに何か一脈通わせることはできまいか。

『櫻の樹の下には』が書かれたのは昭和2年12月のことだ。調べてみたら、梶井基次郎と宇野千代が湯ヶ島で出会うのも、なんと昭和2年のことなのだ。

面白くなってきた。


この世から文字がなくなったら
ケンサク 2006/04/13(Thu) 17:07 .538

今年のTDC展で特に面白かったのは、
大日本タイポ組合の「NO FUTURE WITHOUT 『  』」。
この世から文字が全部消えたらどんな風景になるかをやって見せてくれた。
題名からしてWITHOUT 『  』で、『』の中にはすでに文字がない。
徹底している。

カメラがゆっくり街を撮していく。
ところが見慣れた街なのに、全然違う。
どのビルも看板やディスプレーから文字だけが失われているからなのだ。
コンビニの商品棚の商品のパッケージからもすっかり文字がなくなっていた。
全くへんてこりんである。
文字がいかに都会の風景を構成する重要な要素かが分かる。

TDC展というのは文字を使ったデザインを競い合う場なのに、
その肝腎の文字を全く使わないことによって、
反対に文字を強く意識させるという手法が、
大胆で、いかしていた。

「NO FUTURE WITHOUT 『  』」。
文字がなくなったら「未来はない」といっているが、
案外、文字のない風景ものどかで平和そうだ。
この作品は、文明批評なのかもしれない。


片桐はいりさん
ケンサク 2006/04/07(Fri) 19:15 .528

じつは私、片桐はいりさんのファンである。
昔、「水戸黄門」だったか、「暴れん坊将軍」だったか、
「遠山の金さん」だったか覚えていないが、
時代劇ではじめて片桐さんを見た。
それ以来のファンである。

たしかその時代劇には破れ障子の長屋で、
ひどい咳をしながら傘張りをする浪人が出てきた。
肺結核か何かなのだろう。
そして、これもお決まりなのだが、
母親のいない男の子が出てきて、
そのゴホンゴホンの男を「ちゃん」などと呼んでいる。
毎日の米にも事欠く貧乏暮らしである。

かつて肺結核は不治の病で、恐るべきものだったときく。
病人のいる家の前は口を押さえて通り過ぎていたともきく。
その時代劇でも、その子連れの浪人は近所から恐れられ、
そして意地悪のようなこともされるのだった。
その近所の意地悪おばさんの筆頭が片桐さんだったのだ。
いかにもね〜という感じで彼女は意地悪さを発散していた。

しかし、その意地悪片桐おばさんが、
その浪人の玄関口にそっと卵なんかをおいていくんですね。
「栄養つけなさいよ!」って感じで。
『ごんぎつね』ではないが、ホロリときた。
いかにもの人が良い行いを演じるのとは違った、深い味わいだった。

さて、その片桐さんが出演している『かもめ食堂』が、
今、全国の映画館で上映されている。
それを、一昨日、見にいった。
やはり良かった。
あのぶっきらぼうな感じにそっと醸し出される雰囲気に、
今回もグッときた。

他の出演者、小林聡美さん、もたいまさこさんも良かった、良かった。
もう、みんな大好き。



ベニスと日原鍾乳洞の関係
ケンサク 2006/04/01(Sat) 15:28 .520

6つのカテゴリーを立てているので、
なるべく偏りなく話題を振っていきたいと思う。

久々にベニスねた。

良いところは他にもいろいろあるんだろうけど、
なぜにベニスばかりに目がいってしまうかは、
今を遡ること30年前(年がばれてしまう)、
東京は日原の鍾乳洞を訪れた時に端を発する。

高校の時、美術部に所属していた。
私の学年は男子部員が私と杉野君しかいなかった。
部長を決めなくてはならないという段になって、
杉野君の方がだんぜん周りからの信望が厚かったが彼は入部したばかり、
一年の最初から部にいた私の方に回ってきてしまった。

部長の一番の役は、夏の合宿を企画すること。
まずは場所決めからしなくてはならない。
それで東京の奥の方の日原辺りがいいんじゃないかということになって、
一年上の桜井先輩(いい先輩だった)が付き合ってくれて、下見することになった。

現地をいろいろ視察し、宿も決め、
じゃ時間があるから日原鍾乳洞っていうのに入ってみようということになったのだ。

何十円かを払って、中に入ると、
最初は頭が支えそうな細いトンネルが延々と続く。
ヒンヤリとした壁に手を触れながらそろりそろりと前進していくのである。
足下を照らす明かりが頼りなげで、
また岩が水に磨かれているようなところもあっておっかなびっくりだ。

と、その時、予想してないことが起きた。
目の前に突如として巨大な暗闇が広がったのだ。
大空間。
目を凝らすと、巨大な鍾乳石が柱になって伸び上がっている。
今までたどってきた細い道とその空間とはあまりに差があり、驚き、そして感動した。

鍾乳洞の面白さは、この細い道と大空間が織りなしているのだと思う。
さて、もうお察しかと思うが、
この細い道と大空間のリズムは、ベニスそのものでもあるのだ。
挟まれそうな細道、向かいから来た人とすれ違うのも難儀するような狭さである。
ところがそこを抜けると、
予想だにしない大広場や尖塔が現れるのだ。

その日原鍾乳洞で味をしめたリズムの面白さにまた身を委ねたく、
ベニスに気持ちが向かう。
ベニスは広いので、まだまだ味わい尽くせそうにない。