仕事の邪魔になっていませんか?
それに自分の文章がこのように残ってしまうのは恥ずかしいものですね。賞味期限の切れたものはどうかどんどん削除してください。
でも返事、つまり応答や反応をもらえるのは、
正直とても嬉しいものです。
日々無関心や、無反応にさらされているので。
先日こんな話を聞きました。
「愛の反対は、憎しみではなく無視することです。」否定的な反応であったとしても無視されるよりはまし、ということでしょうか。
最近、自分の手首などに傷をつける行為(リストカット)に走る若者が増えていると、前NHKの番組(クローズアップ現代)で報じられていましたが、何故彼らがそんな自傷行為を繰り返してしまうのか、その気持ちを聞いてみると、「血を流し痛みを感じることによって自分の存在を確認することができる」又「親に振り向いてもらえる、関心を持ってもらえる」からなのだそうです。親に話しかけてもらえず、スキンシップしてもらえなかった子供は大人になってから自分の存在理由を確認するのがむずかしいそうです。ある少女は、「痛みを感じる(罰を受ける)ことによって自分がここにいることを許される。自分はここにいてもいいんだ、と感じることができ、その痛みによって安らぎを感じることができる。」と言っていました。私はそれを聞いたとき泣きました。
近頃は犯罪の低年齢化が進み、私たち大人は今の若い人は何を考えているのか分からない、と思ってしまいがちですが、不可解な行為に走る(奇抜なファッションをしたり、薬物に手を出したり)彼らを非難、あるいは無視する前に、そんな事をすることでしか、存在を認めてくれない、関心を払ってくれない冷たい無関心な大人社会の理不尽さについて、反省し、考えることができたらと思いました。互いの存在を認め合うこと、関心を払うことそれは挨拶やちょっとした一言、笑顔でも愛を示すことができますよね。ぶっきらボーで、無関心で、人間嫌いだった私が言うのもお子がましのですが、、、
そう、だから返信を下さるのは嬉しい事なのです。でも強要しません。忙しかったら、またその気にならなかったら読み飛ばしてしまって良いのです。(早く削除してください。)何せメール打ちが上達するには、相手が「もううるさいから、やめてくれ!」というまで送り続けることだと教えられたからです(笑)。メルトモなどいない私(ビル友=一緒にビールを飲む友ならいるけど、、因みにクリスチャン仲間)の、ケンサクさんは、哀れなターゲットになってしまったわけです。
>自分および他人を認めることの難しさ
>けれども認められない自分くらいみとめてあげたい。
正直ですね。
ホント、自分に厳しくありながらも(親愛なるブンホーさんほど行かなくとも)自分で自分を受け入れてあげないと、それこそ自傷行為に走ってしまうかもしれません、、、以前大酒飲んだのもその一つかもしれません。はぐれクリスチャン、大いに反省す。
>不完全な完成品にしか満足できないアーチスト
む、含蓄ある一言、一瞬考えてしまった。
不完全な人間に完全なことができるわけではありませんが、だから悲しくもあり、いとおしくもあるわけですね。
少し話がずれますが、三浦綾子が、千利休とその妻について書いた話の中に、修行中の利休がお師匠に庭の掃除を言いつけられる場面がありましたが、その庭が、もう、すっかり掃き清められていてこれ以上どこを整えてよいか分からないほどでした。それで利休はある一本の木を揺さぶり、わざとそのきれいに掃かれた庭に木の葉を数枚散らし、お師匠を喜ばせた。というものでした。
9月の雨については又書けません、
なぜなら雨が上がってしまったから
>太田宏美
そう来ると思った(笑)。
青春時代は気恥ずかしくも懐かしいですね。
何故あんなにも狂おしいほど夢中になってしまうのか?
あれは一種の偶像崇拝であった、と涼しい顔して言える程の根性を私は未だ持ち合わせていません。(授業をサボってコンサートに駆けつけた等の前科は消えない。)
<冬のソナタ、、、
そうかやはりあの敬愛すべきブンホーさん(山でバイトされた話をお聞きし、ますます尊敬の念を深めてしまいました。精神的にも、肉体的にもしたたかな方!)が、好んでご覧になるだけのものがあるのでしょうね。夫婦が同じものを好きになり、共感しあい、長く時間を共有するのはとても良いことだと思います。最近はそうすることが少なくなっている夫婦が増えているようですから。でも柔らかなというか、若い心をもっているのですね。見てみようかな、でも今恋愛至上主義者にでもなったら大変だからやめておこう。夢中になりすぎて心の平衡を保てなくなるのが怖い,多分にそういう傾向を持っているので。でもお二人は大丈夫でしょう。何せ円熟した大人だから(笑)。
又だらだらと書いてしまいましたが、最後に一つだけ訂正したいところがあります。先日「水害のニュースを聞いて、自然の驚異についてかんがえさせられた」と書きましたが、こうした自然災害の被害を大きくしてしまっているのは他でもない私たち人間なのだということを、昨日聞いてきた自然環境保護についての講演会から知りました。森林の伐採や道路のコンクリート化、排気ガスなどによる(これは否定している人もいますが)温暖化現象が、原因となって、全世界至る所で異常気象が発生しているようです。大気中の温度がわずかに上がるだけでハリケーンのエネルギーは何倍にもなってしまうそうです。お話を聞いていたら、人間が自然を破壊することで、いかに |