返信ありがとうございます。
のびのびこ 2004/09/06(Mon) 12:50 No.147

仕事の邪魔になっていませんか?
それに自分の文章がこのように残ってしまうのは恥ずかしいものですね。賞味期限の切れたものはどうかどんどん削除してください。
でも返事、つまり応答や反応をもらえるのは、
正直とても嬉しいものです。
日々無関心や、無反応にさらされているので。

先日こんな話を聞きました。
「愛の反対は、憎しみではなく無視することです。」否定的な反応であったとしても無視されるよりはまし、ということでしょうか。

最近、自分の手首などに傷をつける行為(リストカット)に走る若者が増えていると、前NHKの番組(クローズアップ現代)で報じられていましたが、何故彼らがそんな自傷行為を繰り返してしまうのか、その気持ちを聞いてみると、「血を流し痛みを感じることによって自分の存在を確認することができる」又「親に振り向いてもらえる、関心を持ってもらえる」からなのだそうです。親に話しかけてもらえず、スキンシップしてもらえなかった子供は大人になってから自分の存在理由を確認するのがむずかしいそうです。ある少女は、「痛みを感じる(罰を受ける)ことによって自分がここにいることを許される。自分はここにいてもいいんだ、と感じることができ、その痛みによって安らぎを感じることができる。」と言っていました。私はそれを聞いたとき泣きました。

近頃は犯罪の低年齢化が進み、私たち大人は今の若い人は何を考えているのか分からない、と思ってしまいがちですが、不可解な行為に走る(奇抜なファッションをしたり、薬物に手を出したり)彼らを非難、あるいは無視する前に、そんな事をすることでしか、存在を認めてくれない、関心を払ってくれない冷たい無関心な大人社会の理不尽さについて、反省し、考えることができたらと思いました。互いの存在を認め合うこと、関心を払うことそれは挨拶やちょっとした一言、笑顔でも愛を示すことができますよね。ぶっきらボーで、無関心で、人間嫌いだった私が言うのもお子がましのですが、、、 そう、だから返信を下さるのは嬉しい事なのです。でも強要しません。忙しかったら、またその気にならなかったら読み飛ばしてしまって良いのです。(早く削除してください。)何せメール打ちが上達するには、相手が「もううるさいから、やめてくれ!」というまで送り続けることだと教えられたからです(笑)。メルトモなどいない私(ビル友=一緒にビールを飲む友ならいるけど、、因みにクリスチャン仲間)の、ケンサクさんは、哀れなターゲットになってしまったわけです。

>自分および他人を認めることの難しさ
>けれども認められない自分くらいみとめてあげたい。
正直ですね。
ホント、自分に厳しくありながらも(親愛なるブンホーさんほど行かなくとも)自分で自分を受け入れてあげないと、それこそ自傷行為に走ってしまうかもしれません、、、以前大酒飲んだのもその一つかもしれません。はぐれクリスチャン、大いに反省す。

>不完全な完成品にしか満足できないアーチスト
む、含蓄ある一言、一瞬考えてしまった。
不完全な人間に完全なことができるわけではありませんが、だから悲しくもあり、いとおしくもあるわけですね。

少し話がずれますが、三浦綾子が、千利休とその妻について書いた話の中に、修行中の利休がお師匠に庭の掃除を言いつけられる場面がありましたが、その庭が、もう、すっかり掃き清められていてこれ以上どこを整えてよいか分からないほどでした。それで利休はある一本の木を揺さぶり、わざとそのきれいに掃かれた庭に木の葉を数枚散らし、お師匠を喜ばせた。というものでした。

9月の雨については又書けません、
なぜなら雨が上がってしまったから

>太田宏美
そう来ると思った(笑)。
青春時代は気恥ずかしくも懐かしいですね。
何故あんなにも狂おしいほど夢中になってしまうのか?
あれは一種の偶像崇拝であった、と涼しい顔して言える程の根性を私は未だ持ち合わせていません。(授業をサボってコンサートに駆けつけた等の前科は消えない。)

<冬のソナタ、、、
そうかやはりあの敬愛すべきブンホーさん(山でバイトされた話をお聞きし、ますます尊敬の念を深めてしまいました。精神的にも、肉体的にもしたたかな方!)が、好んでご覧になるだけのものがあるのでしょうね。夫婦が同じものを好きになり、共感しあい、長く時間を共有するのはとても良いことだと思います。最近はそうすることが少なくなっている夫婦が増えているようですから。でも柔らかなというか、若い心をもっているのですね。見てみようかな、でも今恋愛至上主義者にでもなったら大変だからやめておこう。夢中になりすぎて心の平衡を保てなくなるのが怖い,多分にそういう傾向を持っているので。でもお二人は大丈夫でしょう。何せ円熟した大人だから(笑)。

又だらだらと書いてしまいましたが、最後に一つだけ訂正したいところがあります。先日「水害のニュースを聞いて、自然の驚異についてかんがえさせられた」と書きましたが、こうした自然災害の被害を大きくしてしまっているのは他でもない私たち人間なのだということを、昨日聞いてきた自然環境保護についての講演会から知りました。森林の伐採や道路のコンクリート化、排気ガスなどによる(これは否定している人もいますが)温暖化現象が、原因となって、全世界至る所で異常気象が発生しているようです。大気中の温度がわずかに上がるだけでハリケーンのエネルギーは何倍にもなってしまうそうです。お話を聞いていたら、人間が自然を破壊することで、いかに


9月の雨はなぜ歌になる?
のびのびこ 2004/09/05(Sun) 11:04 No.145

昨日は心温まるお返事ありがとうございます。
自分を認めることのできる人が他の人をも認めることができるのでしょうね。

又、梶井基次郎と宮沢賢治についても書いてくださりありがとうございます。へー宮沢賢治がチェロの先生を尋ねて大田区に立ち寄ったのですか。本当に沢山の文人に縁のある魅力的な地だったのですね。でもチェロという楽器はいかにも賢治に似つかわしい楽器ですね。彼は歌うときの声もとても澄んでいて張りのある声だったそうです。今手元に、賢治が農学校で教えていた時、当時生徒だった人の思い出話があります。少し引用させていただきますね。賢治はよく生徒達と山に登ったりしたそうですが、そういう時、賢治は、、、

「自然と合体してしまうのです。(ある藪の中を歩いていたときのこと)急に藪の中に入って行くのです。そうしてから気の狂ったように、体を動かしホーホー、と飛び上がって藪をガサガサ言わせて、二,三分そうしているのです。びっくりしましたね。そして,『私と一緒に歩いていて面白いすか』と、真顔で聞くのですよ。
 そうかと思うとタバコを出して煙をパーと吐き出す。お天気が良くて、日の光にその煙があたるのを見るのです。
 『きれいだー、きれいだー、』
 と、うっとりして言います。タバコはそのためにポケットに入れているので、吸うわけではないのです。

 (又北上川で舟を漕いだときには)、、、10月頃でそろそろ寒くなったころです。漕ぎ出すと川面にはさざなみが打ってほんとにきれいです。そうしたら先生はポケットにりんごを入れてきていて、それを水に落とすのです。
『きれいだー、きれいだー、』と体全体でいい、何度も何度も落すのです。
 先生はいつもペンシルを首から下げて、ポケットには手帳を持っていた。ふっとポケットから銀紙に包まれたチョコレートを出してくれたりした。<きざ>でしたよ。」

賢治と梶井基次郎について文学マラソンで取り上げられるのをとても楽しみにしています!
 今日は朝から雨が降っていました。
今年は例年にはない程日本各地がひどい水害に見舞われ、自然の驚異について考えさせられました。
 ですから今のんきに雨を歌った歌について書くのはどうかとも思いますが、いずれにしても次回にします。
 いつも計画倒れになってしまうなー。では又。


  Re: 9月の雨はなぜ歌になる?
ケンサク 2004/09/05(Sun) 11:49 No.146
 

のびのびこさん、どーも♪

>自分を認めること
いえいえ、なかなか自分も認められないし
人も認められないっすよ。
でも、「認められない自分」くらいは認めてやりたいって思う今日この頃。

不完全だから面白いし、コミュニケーションも成立するのかな?
ラウシェンバーグっていうアーティストの
「僕は、不完全に出来上がったとき以外は満足しない」
という言葉をときどき思い出します。

賢治、面白いですね!
気が狂ったようにホーホーとやったりしますか!
「きれいに思えるもの」をたくさん持っていたんですね。
もっともっと生きていたかったんだろうと思います。
でも、ま、天国で相変わらず「宝石拾い」でもやっているかな?

9月の雨ね、
そういえば、太田裕美にも「September Rain」っていうのがあったな。
僕が太田裕美に狂っていたころの名曲です、はい。
9月の雨は、寂しげだけど、夏の終わりの寂しさを洗い流してくれる恵みの雨でもある・・・

昨日レンタルビデオ店にいったら「冬ソナ」関係が大幅増量されていて、驚喜して第一巻を借りてきました。
僕は19話と20話しか見てないし、フミちゃんも前の方は見てないので、1話からじっくり見直そうという訳です。

昨日1話と2話を見たのですが、
ミーハーに思われるかもしれないけど、
やはり、とてもいいですよ、これが。
確実に「はまり」状態に突入してしまったかも(汗

ではでは♪


風立ちぬ
のびのびこ 2004/09/04(Sat) 23:04 No.143

先日はパソコンの操作、
又危険等について色々教えて下さりありがとうございました。

変なネームとお思いでしょうが、これはご存知「ドラえもん」の主人公のびのび太をもじったものです。この漫画の作者はのび太の様な、伸び伸びした子供らしい子供が今の日本にいなくなってしまうのではないか、、ということを危惧してこの漫画を描き始めたと言います。どこか不自然で子供らしくない子供を作り上げてしまった今の社会で、この健全な漫画がなぜこれほど長く読み継がれているのかわかるような気がします。それで私も子供の心を忘れない伸び伸びした大人になりたいと思いこの名を選びました。(伸びきっているかな?)

でも子供の頃は伸子という名が嫌で「名前を変えて!」と本気で母に詰め寄ったものです。の豚、と呼ばれたり、ぶー子、と呼ばれたりしたからです。丸々太っていたし(人知れず流した涙を知る人はいなかった、、、)でもそのように傷ついた経験があったので、外面的なことで人を悪く言ったりしない他人の痛みの分かる心優しい大人に(だれも言ってくれないけど)なれたのだと思います。あー私は美人じゃなくて良かった。そして伸子と言う名が今は大好きです。

あれなんでこんな独りよがりな話になってしまったの?
ホテルリンクのことや、堀辰雄のこと等書こうと思っていたのに!
次回改めて書かせてていただきます。
長くなってすみませんでした。
も少し簡潔で要点をついた文になるよう心がけます。


  Re: 風立ちぬ
ケンサク 2004/09/05(Sun) 00:28 No.144
 

のびのびこさん
はじめまして!(?)
書き込みをありがとうございます。

先日はどーも。
教えるってのはとっても愉快なことなんで、
また分からないことがあったら遠慮なく質問してください。
分かる範囲でお答えします。

さて、のびのびこさん、
のびのびこさんに辛い思いをさせた張本人の一人が僕かもしれないけど、だとしたら、今更だけど、ごめん! ユルシテネ。
でも、巷では、まともに口を利かない兄妹もいるっていうから、俺たちはけっこう仲がいい方かもね?
これからもよろしく。

伸子という名前は、いい名だよね。
(※ネット上ではあまり本名出さない方がいいかもよ)
いろいろあっても、やはりみんな「見えざる手」だよね。
自分の妹を誉めるのもなんだけど、のびのびこさんはのびのびこさんなりに外面的にもいいんじゃないでしょうか?
一日に一回、鏡に向かってウットリしてみては?

たくさん書いてくれるのは歓迎です。
他の人が返事を書いてくれることもあるかもしれませんよ。
返事は、書いても書かなくてもオーケーだし、
いつ書いてもオーケーです。
過去の書き込みでも返信するとBBSの先頭に移動して返信があることを知らせる仕掛けになってます。
お気軽に。

実は、のびのびこさんが好きな宮沢賢治や梶井基次郎も東京都大田区にきています。梶井基次郎のことは前に話しましたよね? 宮沢賢治は大田区の千鳥町というところにいたチェロの先生を訪ねているようです。もう少し詳しく分かったら「馬込文学マラソン」にアップしたいと思っています。

ではでは♪


隠し味的な音
ケンサク 2004/08/29(Sun) 13:08 No.137

「ブルーアイランド氏のおしゃべりコンサート」という
長い題のついたコンサートに行ってきました。
指揮者は青島広志氏(青島、つまりブルーアイランド)で
演奏は神奈川フィルハーモニーオーケストラ。
今回のコンサートは子どもも対象にしたものだったので、
有名な曲のオンパレードで、それはそれでなかなか楽しいものでした。

会場はミューザ川崎シンフォニーホールという新しくできたホール。
斬新な構造をもっていて、舞台を螺旋状に取り囲むようにして観客席があります。
我々の席は、舞台を右斜め上から見下ろす場所にあり、
そういった場所でオーケストラ鑑賞するのは初めてでした。
たとえばヴィヴァルディの「春」や、モーツァルトの「トルコ行進曲」や、ドヴォルザークの「新世界から」や、エルガーの「威風堂々」など耳慣れた曲ですが、主旋律を引き立てる、隠し味的な、実に繊細な音が混ざっていることに気がつきます。
音を聴く場所によっても、音楽は変わるのですね。

チャイコフスキーの「こんぺい糖の踊り」の
不思議な 旋律が僕は大好きなのですが、
その本場チェレスタでの演奏があり、感激。


  Re: 隠し味的な音
m_ogawa 2004/09/02(Thu) 23:19 No.139
 

クラシックのコンサート、いいですね、久しく行ってないなあ。

チャイコフスキーって旋律が叙情的で美しい曲が多いです。
以前は良さがわからなかったけど、最近よく聴くようになりました。
「年齢を重ねたほうが“ロマンチック”の魅力を理解できるようになる」 とかいう文章をどこかで読んだ気が…自分もそんな年齢なのか(^^;)



  Re: 隠し味的な音
ケンサク 2004/09/03(Fri) 00:26 No.140
 

m_ogawa さま
いらっしゃいませ!

妻が神奈川フィルハーモニーのなんとかメンバーとかいうのになっていて、演奏会ごとに招待券が届けられます。
その恩恵をこうむっているというわけなのですが、
クラシックもなかなか過激で面白いです。
燕尾服やロングドレスから激情がほとばしったりすると、
しびれますね〜〜

>チャイコフスキー
ええ、きれいなのが多いですよね♪
前の書き込みにも書きましたが、
「こんぺい糖の踊り」が特に好きです。
お伽の国に引き込まれるような感じがします。

年齢によって感じ方が変わりますよね。
若い頃に感動した感動も忘れなければ、幅が広がるかなぁ。

音楽ではないですが、
最近、俳句とか短歌もいいなぁと思うことがあるんです。
やはりそういう年齢なのかなぁ(^\^;)


  Re: 隠し味的な音
m_ogawa 2004/09/03(Fri) 23:16 No.141
 

>最近、俳句とか短歌もいいなぁと思うことがあるんです。
> やはりそういう年齢なのかなぁ(^\^;)

いや、若い人で俳句とか短歌に惹かれる人も多いですよ。
現代のコピーライティングと相通じる部分もあるのかも(強引か^^;)

私も歳をとって感性が鋭くなくなる分、
幅広く感じ取れる力を磨きたいです。



  Re: 隠し味的な音
ケンサク 2004/09/04(Sat) 20:01 No.142
 

どーもです♪

>いや、若い人で俳句とか短歌に惹かれる人も多いですよ。
そうなんですか!
そういえば、朝日新聞の一面に「おりおりの歌」っていうのがあって
ときどき目を通すんですが、
高校生など若い世代のが紹介され、時にはハッとさせられるのも混ざっていますね。

>現代のコピーライティングと相通じる部分もあるのかも(強引か^^;)
糸井重里さんがどこかで書いていましたが、
彼は俵万智さんの『サラダ記念日』を初めて読んだとき
コピーライターとして「やられた!」と思ったそうです。
短い文で心を掴むという面では同じかもしれませんね。


謎のアパート「九州閣」
ケンサク 2004/09/02(Thu) 12:03 No.138

かの石坂洋次郎や立原道造や津村信夫や猪野謙二らが住んだという、九州閣というアパートが近所(東京都大田区大森)にあったといわれていますが、
その存在はどことなくおぼろです。
九州閣に詳しく触れている文献が見つからないのです。
ネットで検索しても出てきません。

先日、九州閣があっただろうとされている場所のすぐ近くにある古本屋のお婆さんに尋ねてみたのですが、
「聞いたことがない」とのことでした。
本当にこの「夢のアパート」はあったのでしょうか?

そうしたところ、昨日、城戸 昇という方が編集・発行されていた「わが町あれこれ」という郷土文学のネットワーク誌の第4号に「九州閣と若き日の詩人たち」という一文を見つけました。

それによると、九州閣は現在の「みのり幼稚園の園芸場」とその隣の駐車場のある場所にたしかに建っていたそうなのです。昭和25年頃にはまだあり、丸窓とステンドグラスを持つ素敵なアパートだったそうです。
文学座の長岡輝子もそこに住んだそうで、彼女の『夫からの贈りもの』(草思社)という本で触れられているそうです。

おぼろだった「夢のアパート」がほんの少しリアルになってきました。