■野村 裕先生(故人)の『馬込文士村の作家たち』を読み終えた。
この本から得た情報は、ぼくにとってまさに宝。
先生が心血を注がれた研究に敬意を払い、
よく咀嚼してこの情報を生かしていきたい。
■立原道造・石坂洋次郎・猪野謙二・津村信夫らが下宿していたアパートが、南馬込3丁目にあった。九州閣という名のアパートだ。
どんな姿のアパートで、彼らがどのようなタイミングでそこに出入りしたか調べたいと思っている。
■石坂洋次郎といえば一般には『若い人』『青い山脈』『日のあたる坂道』あたりだが、
「馬込文学マラソン」では、彼の九州閣下宿時代(25歳の頃)に書かれたという『海を見に行く』という作品(彼の処女作?)を取り上げたいと思っている。
石坂はその原稿を知り合いに託するが雑誌に掲載されず、
落胆して郷里に帰って高校の教師になり14年間奉職する。
数年後原稿が出てきて掲載され、『海を見に行く』は評判となるが、
彼はもう高校教師で後戻りできない。
その、作家としての回り道(?)は、石坂文学にどのように影響したか?
ちょっと面白そうなテーマである。
■三島由紀夫を南馬込に勧誘したのは、
どうやら南馬込に住んでいた女優の長岡輝子氏のようだ。
三島由紀夫の文学座や浪漫劇場への関わりは興味深い。
三輪明宏氏や一人芝居の中村伸郎氏(故人)、
山王2丁目の古書店「天誠書林」の主人和久田氏との関係も深いようなのでおいおい調べていきたい。
※和久田氏は三島由紀夫演出の「サロメ」の演出助手を務めている。
■原爆文学の『夏の花』の原 民喜や、『檸檬』の梶井基次郎も、一時期馬込に逗留しているのが嬉しい。むろん馬込文士の列に加えたいと思っている。
■今読んでいるのは、『証言・戦時文壇史』。
著者の井上司朗氏も一時期馬込に住んでいたというので読んでいる。
彼は戦時中、情報局に関与し文学の統制を行ったという人物。
そんなことから、戦後、ジャーナリズムから非難された。
『大田文学地図』の染谷孝哉氏(故人)の著作を読むと、
井上氏は悪人以外の何者でもないということになるが、
井上氏にも言い分はあるのである。
そこには「果たして誰が自己問責なしに文化人の戦争責任を問えるのか?」といった重い問題が横たわっている。
戦争を知らない私などが簡単に言及できる問題ではないと思うが、平野 謙や鶴見俊輔なども読んでおいおい学習を深めていきたい。 |