日本近代文学館と女性漫画家
ケンサク 2004/07/26(Mon) 12:01 No.122

先の土曜、日本近代文学館に行ってきました。
暑いさなか、館内のひんやりと静かに落ち着いた雰囲気が心地良かった。

2階の展示室では近代詩歌の作家が紹介されていました。
馬込に関係の深い日夏耿之助・北原白秋・萩原朔太郎・室生犀星・高見 順・立原道造らの展示もありました。
「あら、かっこいいわ」と写真にほれぼれ、
そして、彼らの前で(写真の前で)
実筆原稿で読むと彼らの詩歌はまた一興であります。

萩原朔太郎の個人雑誌「生理」の表紙デザインに驚きました。
その時代にもこんなクールな感性があったとは。

正岡子規の絶筆の書がかけられていました。

糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

5、7、5がすべてバラバラのようだけど
このバラバラこそが彼の切実な現実だったんだろうと思います。
苦しかったんでしょう。
しかし、そこはかとなくユーモアも漂う。
絶品です

展示の中に<著者自装>というのが何点もありました。
言葉とビジュアルは不可分でしょう。
それを強く意識した作家は自装したんだと思います。

1階の閲覧室には、川端康成の『雪国』や太宰の『人間失格』の原稿をはじめ
100万点にも及ぶ貴重な資料があるそうです。
それらは手に取って閲覧できるそうなのですが、
興味本位で見ることは許されません。
閲覧目的を係りの方にきちんと伝えなくてはならないそうです。
という訳で、今回はパス。
ここで調べなくてはならないようなことに出会うこともあるでしょうか。
書簡や日記など出版されていない、ここでしか見ることができないものも沢山あるようなので、ワクワクしますね。

話はかわって、
高野文子の『黄色い本』と岡崎京子の『ヘルタースケルター』を読みました。
魚喃キリコの『strawberry shortcakes』を読んでから女性漫画家の作品に興味ありです。


馬込文学いろいろ
ケンサク 2004/07/22(Thu) 12:21 No.121

■野村 裕先生(故人)の『馬込文士村の作家たち』を読み終えた。
この本から得た情報は、ぼくにとってまさに宝。
先生が心血を注がれた研究に敬意を払い、
よく咀嚼してこの情報を生かしていきたい。

■立原道造・石坂洋次郎・猪野謙二・津村信夫らが下宿していたアパートが、南馬込3丁目にあった。九州閣という名のアパートだ。
どんな姿のアパートで、彼らがどのようなタイミングでそこに出入りしたか調べたいと思っている。

■石坂洋次郎といえば一般には『若い人』『青い山脈』『日のあたる坂道』あたりだが、
「馬込文学マラソン」では、彼の九州閣下宿時代(25歳の頃)に書かれたという『海を見に行く』という作品(彼の処女作?)を取り上げたいと思っている。
石坂はその原稿を知り合いに託するが雑誌に掲載されず、
落胆して郷里に帰って高校の教師になり14年間奉職する。
数年後原稿が出てきて掲載され、『海を見に行く』は評判となるが、
彼はもう高校教師で後戻りできない。
その、作家としての回り道(?)は、石坂文学にどのように影響したか?
ちょっと面白そうなテーマである。

■三島由紀夫を南馬込に勧誘したのは、
どうやら南馬込に住んでいた女優の長岡輝子氏のようだ。
三島由紀夫の文学座や浪漫劇場への関わりは興味深い。
三輪明宏氏や一人芝居の中村伸郎氏(故人)、
山王2丁目の古書店「天誠書林」の主人和久田氏との関係も深いようなのでおいおい調べていきたい。
※和久田氏は三島由紀夫演出の「サロメ」の演出助手を務めている。

■原爆文学の『夏の花』の原 民喜や、『檸檬』の梶井基次郎も、一時期馬込に逗留しているのが嬉しい。むろん馬込文士の列に加えたいと思っている。

■今読んでいるのは、『証言・戦時文壇史』。
著者の井上司朗氏も一時期馬込に住んでいたというので読んでいる。
彼は戦時中、情報局に関与し文学の統制を行ったという人物。
そんなことから、戦後、ジャーナリズムから非難された。
『大田文学地図』の染谷孝哉氏(故人)の著作を読むと、
井上氏は悪人以外の何者でもないということになるが、
井上氏にも言い分はあるのである。
そこには「果たして誰が自己問責なしに文化人の戦争責任を問えるのか?」といった重い問題が横たわっている。
戦争を知らない私などが簡単に言及できる問題ではないと思うが、平野 謙や鶴見俊輔なども読んでおいおい学習を深めていきたい。


駒場東大前
ケンサク 2004/07/19(Mon) No.120

ふと思い立って、日本近代文学館へ向かいました。
京王井の頭線を駒場東大前で降り、炎天下を歩くこと5〜6分。
こんもりと木の生い茂った駒場公園内に、文学館はありました。
しかし、なんとね〜、日曜日は休館日とのこと。
ここは、ウイークデーに、研究者が調べにくる所なのでしょうか?
日本近代文学館→

せっかくなので、公園内の前田侯爵邸を見学。
加賀百万石の第十何代目かの主人の邸宅だったそうで、
その規模は東洋一と説明されていました。
一部屋一部屋見て回ったんですが、たいへんな数です。
ちょっと何かをするのにも部屋から部屋へ移動しなくてはならないのは不便かも。
と、ちょっとひがんでみました。
でも、 家の中にいても、いい運動になるからいいか(笑)。
6人家族のために170人の使用人がいたとか。
前田侯爵邸→

そうそう、駒場東大前、歩いている人が皆、賢そうに見えました(笑)


水面下で
ケンサク 2004/07/13(Tue) 15:38 No.119

最近ホームページの更新をしていませんが(そう見えると思いますが、)
実は水面下ではコツコツとやっております。
当分、コツコツは続きます。

shockwave.comのアニメで、時にはまったりと。

最近読んだ本は
●『グラフィックユーザのためのMac0SX エッセンシャルガイド』
Mac0SXっつーのは、やはり相当なもんだ。

●『地球文字探検家』(浅葉克己)
浅葉さんて有名なアートディレクターですが、ほんと愉快な人です。

●『眼中の人』(小島政二郎)
再読なんですが、やはり芥川と菊池寛は面白い。

●『馬込文士村の作家たち』
この本の著者は、馬込東中で校長をやっていたこともある野村裕先生(故人)。
休日のほとんどを馬込文士村の研究についやしたというお方で、
この本は馬込文士村研究の貴重な資料になっています。
後に続く者は彼を越えて行かなくてはならないと思うのですが、
その巨峰を仰ぐと、めまいが・・・
今、半分読み終えました。


千夜千冊完結
Rinko 2004/07/08(Thu) 23:38 No.114

こんばんわ。
こんな話題なら、他にふさわしいサイトもあるでしょうにここに来ました。
千冊目「良寛全集」でした。
良寛ってこれまで興味を持ったことがないのですが
良寛を語り、これまでのまとめをされたようです。
この千冊を語った底に流れるテーマというのが編集力ということのようです。

テレビで正剛氏の話を聞いたことがあるのですが、
まず無駄がなく、中身が濃くて、他にこれだけの話を原稿もなしに
できる人が他にいるだろうかと言う印象を持ちました。
これ、すべて編集力。
いま、不必要なものは語らないことで話の内容に聞き手を引き込む力。
HPにも同じことが言えそうで、ちょっと考え直さなきゃ
と思ったところです。


  Re: 千夜千冊完結
ケンサク 2004/07/09(Fri) 12:27 No.115
 

Rinkoさま
どーもです。

千夜千冊、とうとう完結したのですね。
そうですか、最後は良寛でしたか。

僕も良寛についてほとんど知らないのですが、
でも、好きな日本人をひとり挙げろといわれたら
良寛にするかもしれません。
なんとなくですが、かなり良寛好きです。
松岡さんも書いていらっしゃいましたが、
弱さや寂しさに立っているっていうのかな。
書とか歌とかあんなにいろいろできちゃうのに
あんなにも謙虚で貧しいというそのギャップにも感動です。

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候。」とか、
あと、所持している器は一つきりで、
それで食事もすれば、足も洗う。
よくは理解できませんが、そんな心境になれればいいなぁ。

悟りきった感じがない謙虚さ、そこが壺です。
うろ覚えですが、最後の言葉が「死にとうない」だというから、
あれ? なんだ同じ人間じゃん、っていう感じで親近感が湧いてきますね。
あと、貞信尼とのこともあるし。

淡雪の中にたちたる 三千大千世界(みちあふち)
またその中に 沫雪(あわゆき)ぞ降る

これ、初めてですが、いい歌ですね。
北極星さんの「意味不明性の魅力、そこから意味へと変貌していく凄さ」というお言葉を思い出しました。
今まで見たことのない世界が一瞬かいま見えました。

松岡さんのこともほとんど知りませんでしたが、
気をつけていると方々でお名前を目にしますね。
デザイン関連の本にも出てきます。
>不必要なものは語らない
ほんとそれ大切だと思います。
しかし、僕の場合、不要なものを取り除いていったら何も残らない、
といった不安もありです(^^;)

ではでは♪



  Re: 千夜千冊完結
Rinko 2004/07/10(Sat) 11:37 No.116
 

こんにちわ。
ケンサクさんのレスを読んで、もう一度良寛について書かれたものを読んでみました。
自分でさらりと読んだのとは違う読み方になっていました。

良寛様というはじめから敬称がついた方ですよね。
なんだか伝説の人みたいで生身を思ったことがなかったので、
私としては今回、知ったことも多いです。

>デザイン関連の本にも出てきます。

デザインは形というより色の世界じゃないですか。
京都の呉服問屋の息子さんというので、幼少から友禅やら華やかな色に囲まれて育ったことで磨かれた感性なのでしょう。

「いろっぽい人々」だったかな?
各界のひとに色をテーマにインタビューした本を読んだときに、その色の扱い方にびっくりしましたね。
それ以来、松岡正剛は関心のある人です。

>しかし、僕の場合、不要なものを取り除いていったら何も残らない、といった不安もありです(^^;)

いえいえ、それぞれが掘り下げていけるテーマになるほど
基礎がしっかりされているんだなぁといつも感心しております。

それで、時々私ですら謙虚になってしまいます。
またまた、お邪魔してしまいました。



  Re: 千夜千冊完結
ケンサク 2004/07/10(Sat) 14:44 No.117
 

Rinkoさま
どーもです。
お邪魔なんて、とんでもないです。
書き込み、ありがとうございます♪

>松岡さん
>京都の呉服問屋の息子
そうなんですか。
じゃあ、色とかについてもそうとう語られるんでしょうね。
この前僕が見たのはタイポグラフィーについて語っていらっしゃる記事だったんですが、
「総じて、書道家を含め、日本のタイポグラファーは怠慢である」
という一文で締めくくられていました。
顔と名前を出して、そういったお尻の穴がつぼまるようなことを言える人(言ってくれる人)はすごいです。

>基礎がしっかりされているんだなぁ
いえいえ、とんでもないです。
日々試行錯誤です。
だから面白いという面もありますが(^^;)

>はじめから敬称がついた方
の敬称をとると、ずっと魅力的になる場合があります。
良寛もそうですが、
イエス・キリスト(イエス様)なんかも、
敬称を取っちゃうと、まっとうに苦しんだ一人の人間として好感が持てます。
僕はべつにクリスチャンじゃありませんが。

ではでは♪