●『馬込文士村の作家たち』・・・野村 裕(のむら・ひろし)の著作。馬込文学圏にゆかりのある作家の経歴と文学の特質を主な作品を通して紹介している。野村自身、馬込文学圏に住んでおられたので、同地域のかつての様子も記されている。昭和59年3月、自費出版。

著者の野村先生は、子どもの頃から馬込に住んでおられた。馬込作家の作品をよく読み、教員になってからは教え子や地域の人とともに足を使って馬込文士村を研究された。『馬込文士村の作家たち』には、その研究成果がまとめられている。

この本が興味深いのは、作家達の馬込文士村(馬込文学圏)在住時の住所が現在の住所表記で記されている点だ。同地域に住んでいる者にとって(わたしもそうだが)、よく知った場所に作家の姿を重ねることができて面白い。遠い作家がぐっと近くに寄って来る。

野村先生は、馬込文学圏にほど近い大田区内の学校で教鞭を取り、また、後年、馬込文学圏のど真ん中ともいえる馬込東中学校で校長を務めた。先生は朝会のおりには、必ずや話したと思う。「南馬込3丁目のOさん宅の場所には萩原朔太郎が住んでいて、そこを『蜘蛛の糸』とか『杜子春』とかの作品で広く知られている芥川龍之介も訪ねています」とか、「南馬込1丁目の室生マンションの場所には、その名の通りかつて室生犀星が住んでいて、犀星が丹精込めて作った庭が広がっていたんですよ」とか。そんな野村先生の熱い話が聞けた子どもたちは幸せだ。先生の話をきっかけに、地域や文学に興味を持った子どもも少なからずいたはずだ。現に、野村先生の教え子で、現在も馬込の文学に関わっている人がいらっしゃると聞いている。野村先生の文学研究は、教育と表裏一体だったと言えそうだ。

野村先生の夢は広がっていく。


(『馬込文士村の作家たち』プロローグより)

作家の居住跡に標識を立ててその文学的風土を後世に伝えたいと考えるようになったのだ。考えただけではなく、実際区役所に足を運んでその設置を訴えた。

現在、馬込文学圏(馬込文士村)には当たり前のように作家たちの標識が建っている。これが“馬込文学圏の伝道者”野村 裕の熱意の結晶でもあることを忘れてはならない。

馬込文学圏に立っている標識の一つ。室生犀星の住居跡を示している。

『馬込文士村の作家たち』を読むには

東京都大田区内のいくつかの図書館(馬込図書館→文化の森情報館→入新井図書館→)と国会図書館(国立国会図書館→)、八王子市図書館(八王子市図書館→)などに所蔵されている。


野村 裕について

少年時代から馬込の作家を読む
大正8(1919)年生まれ。中学の頃から文学少年となり、馬込の作家もよく読んだ。きっかけは祖父の机の上にあった一冊のプーシキンだった。国学院大学卒業後、静岡県清水中学校に勤務。戦中は軍属の国語教師としてシンガポールに赴任した。
終戦後、高等女学校に勤務。昭和23年(29歳)から東京都大田区内の中学校で教鞭をとる。生徒たちと馬込の作家ついて調べたのをきっかけに、馬込文士村研究にのめり込んでいく。教頭をへて、昭和40年(46歳)から校長に。昭和50年(56歳)、大田区立馬込東中学校時代、文化祭で馬込文士村を紹介する展示を行った。昭和54年(60歳)、公立学校を退職。その後は町田学園女子高等学校で教鞭をとり、地元で保護司も務めた。

馬込文士村を広める活動に尽力する
昭和58年(64歳)、馬込青年館で「馬込文士村を語る」と題して講演。好評を得て、聴講者が中心になって研究サークル「牛追村歴史と文芸の会」(後に「馬込村文芸の会」)が結成された。野村は常任講師となる。翌昭和59年、『馬込文士村の作家たち』を自費で発行。馬込文士村を後に伝える施設の設置を区に訴える活動も積極的に行った。
昭和60年9月11日、結核を再発し急逝。66歳だった。墓所は光教寺(東京都大田区中央4丁目)にある(

没後3年ほどして、馬込文士村(馬込文学圏)を伝える案内板などの施設の設置が始まる。


野村 裕と馬込文学圏

大正12年、4歳の時、両親につれられて大阪から馬込文学圏にやってくる。馬込小学校を卒業。後年教職に就き、退職前の最後の職場が大田区立馬込東中学校(校長)だった。ご自宅は、その馬込東中学校のすぐ近くで、右斜め向かいが吉田甲子太郎の家(南馬込2丁目)。上で紹介した『馬込文士村の作家たち』には馬込文学圏時代の吉田甲子太郎の私生活に触れられていて興味深い。一時静岡やシンガポールに住まわれたこともあるが、晩年まで一貫して馬込文学圏住まいだった。三島由紀夫のご遺族と家族ぐるみの交流があり、また近藤富枝氏、宇野千代と面談している。

馬込文学圏の野村 裕関係地図→


参考文献

●『馬込文士村』
(谷口英久)平成3年1月7日から7月13日まで、 産経新聞 東京みなみ版に連載されたもの

● 『馬込村文芸の会 十年の歩み』
(発行者:大沢富三郎 平成6年3月) P.13


参考サイト

馬込文士村ガイドの会>講演会「父、野村 裕を語る」→


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※当ページの最終修正年月日
2007.10.20