●『力道山がいた』・・・村松友視(むらまつ・ともみ)による力道山の評伝。平成12(2000)年、朝日新聞社から発行された。平成14年、文庫化。

得意技の空手チョップでアメリカ人プロレスラーをなぎ倒して、日本中を湧かせた力道山。著者の村松友視さんは、この伝説のプロレスラーの活躍をリアルタイムで見て、そして熱烈な力道山ファン・プロレスファンになっていく。

村松さんはテレビで見るだけではもの足りず、リングまで足を運んで力道山に声援を送ったというが、試合を見終わって家に戻った時のことを次のように書いている。

・・・力道山の勝ちを確認して、私は安心して電車に乗って清水の家へ帰った。そして風呂に入って湯船に躯を沈めようとすると、パンツをはいていることに気づいた。それを脱いでふたたび沈もうとすると、下着のシャツを着ていた。つまり、プロレスの興奮の余熱が私をボーッとさせていたのだろう。シャツを脱いで湯船に浸かろうとして、少し冷静になった私は腕時計を外さなきゃいけないと気づき、外そうとしたが手首には腕時計がなかった。・・・

これほどまでも見る人の心を鷲づかみにしてしまうプロレスとは何なのか?と思った。

本書でも触れられているが、プロレスは純粋な真剣勝負とはちょっと違うようだ。観客を楽しませる、つまり“ショー”“演技”としての側面を多分にもつ。こういったプロレスの一側面に気づくや、正統派の格闘技ファンやスポーツファン、また正統を重んじるマスメディアは、プロレスから離れていったという。現在、確かに●●新聞のスポーツ欄には雄叫びを上げているプロレスラーの写真が載ることは、まずないと思う。しかし反面、今でも根強いプロレスファンがいるというのも明らかだ。時折スポーツ新聞の一面にど派手に登場するプロレス関係の記事や、いくつかのプロレス専門誌がそれを物語っている。

この『力道山がいた』を読んで思ったのは、仮に試合のシナリオが決まっていたとしても、ぶつかり合うのはあくまでも生身の人間同士だということだ。切れば血が流れるし、気絶だってする。時には押さえ切れない感情の爆発だってあるだろうし、燃え立つ正義感に背中を強く押されることもあろう。シナリオはシナリオとして仮にあったとしても、それを軽々と越える人間ドラマがそこにはある、んだろうと思った。考えてみれば演劇・映画・ドラマだって、(当たり前だが)“演技”である。でも、“演技”でありながら人の心を強く揺さぶる。きっとプロレスにもそれに似たものがあるんだろう。

さて、この本では、後半になって徐々に力道山の意外な“真実”に触れられていく。彼が生きている間はひた隠しにされていたことだ。私は全く知らなかったので、ビックリした。

彼の得意技の空手チョップ。それも時には“演技”だったかもしれない。が、しかし、そこにも、そういった“真実”こめられていたのだと思うと、感慨深いものがある。


『力道山がいた』を読むには

『力道山がいた』(朝日新聞社 平成12年)
『朝日文庫 力道山がいた』(朝日新聞社 平成14年)
などで読むことができる。ともに多くの図書館が所蔵しているもよう。


力道山と馬込

力道山は昭和30年頃、日本橋から大田区梅田町34(現、南馬込6-30-22)移転し、そこに6年間ほど住んだ。1000坪ほどの敷地があり、芝生の庭で大型犬を4匹、放し飼いにしていたという。後に敷地は地下鉄用地として買収され、彼は赤坂に去っていった。

死後、力道山はまた馬込近くの池上の本門寺に戻って来た。

高田延彦の高田道場や、長州力のファイティング・オブ・ワールドジャパン(WJ)の道場が池上近くにあるのは、力道山の墓所に近いからだともいわれている(高田道場は現在移転)。

本門寺の墓前にたつ力道山像
(2005年10月撮影)

村松友視について

昭和15(1940)年4月10日、東京で生まれる。祖父は人気作家だった村松梢風。静岡高校卒業まで祖母と清水町で過ごす。プロレスの他に骨董を趣味とする。

高校生の頃、死んだとされた両親のうち母親の方は生きていることを知らされ、ショックを受ける。友視が生まれた時、すでに父は病死しており、梢風が母親を他家に嫁ぐよう説得、友視には両親は死んだと教えていたようだ。

慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、中央公論社に入社。『婦人公論』『海』などの編集に携わる。名編集者として鳴らした。編集者時代、糸井重里のすすめで『私、プロレスの味方です』『当然、プロレスの味方です』『ダーティ・ヒロイズム宣言』といったプロレス3部作を書き、反響を呼ぶ。それを機に退社。執筆に専念するようになった。

昭和57年、『時代屋の女房』で直木賞受賞。その他に『鎌倉のおばさん』(平成9年)、『「雪国」あそび』などの作品がある。


参考文献

●『学校裏から始まった2』
(西村俊康 平成17年 ハーツ&マインズ) P.75-82

●『あいうえおおた』
(財団法人 大田区産業振興協会 編)P.45

●『読ませる技術』
(山口文憲 マガジンハウス 平成13年)P.59


参考サイト

静中、静校創立125周年ホームページ「卒業生の思い 作家 村松友視氏」→ 
※静岡新聞のWebサイト内のコンテンツ

村松友視著 『二人の恩師』を読む→
※「上智教育社会学研究室、武内清のページ」内のコンテンツ


このページのパス

http://www.designroomrune.com/magome/m/muramatu/muramatu.html



※当ページの最終修正年月日
2007.10.10