●『馬込文学地図』・・・近藤富枝(こんどう・とみえ)の作品。昭和50年10月、講談社から発行された。世に馬込文士村を広く知らしめた。

大正の終わり頃、本郷の燕楽軒(えんらくけん)というレストランに、めっぽう美しい給仕がいたという。

この給仕を目当て、新進作家の久米正雄や、「中央公論」の名編集長瀧田樗陰、それに今 東光室伏高信佐藤春夫芥川龍之介と、野郎どもがぞろぞろと燕楽軒に集まったというのである。この美人給仕は、「宵の花火」のように男たちの心を揺すったというのだ。

しばらくして、時事新報という大新聞が懸賞小説なるものをやる。今の芥川賞・直木賞のようなものだろう。その結果を見て、久米正雄は驚いた。 この一位を取った、藤村千代なる人物が、なんとその燕楽軒の美人給仕と同一人物だったからだ。二位に尾崎士郎、四位に横光利一と続くが、彼女はその二人もを振り切って一位となったのだ。

その後の藤村千代の活躍は、さらに目を見張るものがあり、華やかな彼女の周りには誘蛾灯に集まる蛾や蝶やバッタのように、さらに多くの野郎どもが集まるのだった。先の連中に加え、尾崎士郎に梶井基次郎、東郷青児萩原朔太郎、北原武夫、牧野信一、三好達治・・・と、大変な騒ぎである。

これはぜったい女性週刊誌より面白い!と思ってしまった。

この『馬込文学地図』には、この藤村千代を筆頭に、馬込で活躍した女性文化人がいろいろ紹介されている。アイルランド文学の翻訳で草分け的存在であり、また芥川龍之介を虜にしたことでも名をしられるやはり才色兼備の片山廣子。萩原朔太郎をさっさと捨てて若いダンス仲間と出奔した萩原稲子。また、やはり倉田百三を捨てて出奔した倉田百三夫人など。

これは、女性が、男性中心社会という殻を突き破って飛び出そうとした時代の英雄談なのである。やはり、女性週刊誌よりずっと面白い。

ご存じかもしれないが、念ため書き添えれば、先の藤村千代とは後の宇野千代のことである。


近藤富枝について

文部省を経て、NHKアナウンサーに
大正11年(1922)年8月、東京日本橋で生まれる。東京女子大学卒業し、文部省教学局国語科に勤務。後にNHKのアナウンサーとなる。昭和21年(24歳)結婚し、家庭に入った。

文壇史に新しい光を当てる
昭和43年(46歳)頃から旺盛に執筆を開始。『本郷菊富士ホテル』(昭和49年 52歳)、『田端文士村』『馬込文学地図』(昭和50年 53歳)、など文壇を新鮮な切り口で描き、注目された。昭和61年(64歳)から平成5年(71歳)まで、武蔵野女子大学教授を務める。平成12年(78歳)、『近代女流とレスビアニズム』を執筆。現在、東京都田端にご在住。

NHKの朝の連続ドラマ「本日も晴天なり」のモデルは近藤富枝氏だという。


参考サイト

近藤富枝ウェブサイト→

松岡正剛の千夜千冊/66夜 宇野千代『生きて行く私』→


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http://www.designroomrune.com/magome/k/kondou/kondou.html



※当ページの最終修正年月日
2006.7.6