●『怪奇製造人』・・・城 昌幸(じょう・まさゆき。またの名は城 左門)のミステリー集。 昭和26年、岩谷書店から発行された。

表題作の『怪奇製造人』」は、次の文で始まる。

夕暮れ方、薄紫に霞んだ街を散歩していた私は、何時もは絶えて気付かなかった、古風な古本屋に這入った。(『怪奇製造人』より)

「私」はその古本屋で珍奇な本を見つけるのだった。よく見るとそれは個人の日記のようだ。途中まで書かれていて、後は白紙のままになっている。

日記には、夢の中の出来事が書かれていた。覆面をした片手の男が音もなく現れ、枕元に立つというのだ。どことなく現実味を帯びているのが恐ろしい。繰り返し現れる夢か現実か分からないその男に、日記の作者は怯えている。

そして、いよいよ最後のページ。

不思議なことに、そのページだけは今までと明らかに違う筆跡で日記は書かれているのであった。そして、そこに書かれた内容とは・・・

と、この『怪奇製造人』には、このような不思議な、ちょっと恐い短編が27つも収められている。江戸川乱歩は、著者の城 昌幸のことを「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と評したというが、この本はまさに彼の“怪奇標本箱”であろう


『怪奇製造人』を読むには

『怪奇製造人』(岩谷書店 昭和26年)
『怪奇製造人』(国書刊行会/探偵クラブ 平成5年)

■『怪奇製造人』が読める図書館
国立国会図書館→を所蔵)
東京都大田区立馬込図書館→を所蔵)


城 昌幸について

2つのペンネームを持つ男
明治37(1904)年6月10日、東京神田で生まれる。京華中学を中退して、日夏耿之助西条八十堀口大学らに師事。フランスの象徴派の詩人アルベール・サマンを敬愛し、詩人としてはサマンの音を借りて左門(さもん)と名のる。

詩人であり、探偵小説作家であり、捕物帳作家であり、社長
昭和14年(35歳)、『秘密結社脱走人に絡る話』を発表。以後、探偵小説界で活躍した。 探偵小説専門誌『宝石』の編集主幹として、のちには宝石社の社長にもなった。捕物帳作家としても知られ、何百編にも及ぶ『若様侍捕物手帖』は、野村胡堂の『銭形平次』などとともに四大捕物帖の一つに数えられる。
昭和51(1976)11月27日、72歳で死去する( )。

蔵書は馬込図書館(城 昌幸文庫。東京都大田区立馬込図書館→)に寄贈、現在も閲覧できる。


城 昌幸と馬込

昭和6〜7年(27〜28歳)頃、馬込の臼田坂近くに住んだ。臼田甚五郎の家の正面というので今の南馬込4丁目だろう。昭和31年(52歳)、中馬込に転居。そこの家はとても凝った造りで、ガラスは一切使わず、天上や襖には有名な画家に絵を描かせ、贅を尽くした。城はそこを其蜩庵と呼んだ。

山本周五郎と親交があった。


■参考文献

●『馬込文士村ガイドブック』
(大田区立郷土博物館 編   平成8年) P.44

●『馬込文芸の会 十年の歩み』
(発行者:大沢富三郎 平成6年3月18日)

●『大田文学地図』
(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年)p.90

●『馬込文士村の作家たち』
(野村 裕 美和タイプ印刷 昭和58年) P.239-242


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※当ページの最終修正年月日
2006.7.7