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徹底して報われないラブストーリー(元和2年9月11日、坂崎出羽守、死去する)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六代目 尾上菊五郎の坂崎出羽守(大正13年 市村座にて) ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:「国立劇場」(第305回 平成29年11月歌舞伎公演 プログラム)

坂崎出羽守
坂崎出羽守

元和げんな2年9月11日(1616年。 石見国いわみのくに津和野つわの 藩の藩主・坂崎出羽守(坂崎 直盛なおもり )が53歳(異説あり)で死去しました。

死の状況については、幕府の軍に屋敷を囲まれて討たれたという説、幕府の息がかかった家臣に討たれたという説、剣術家・ 柳生宗矩やぎゅう・むねのり のすすめで自害したという説などがありますが、悲劇的な最期であることには変わりありません。

どうしてそんなことになったのでしょう?

坂崎出羽守
千姫

1年前の元和元年(1615年)の「大阪夏の陣」のおり「千姫事件」というのが起きました。

15年前の慶長5年(1600年)、徳川家康(57歳)は「秀頼公に害を成す君側の奸臣・三成を討つ」という大義名分で東軍を結成、結果、石田三成らの西軍を破りましたが、15年して、慶長5年夏(1615年。家康72歳。死の前年)、化けの皮がすっかり剥がれて、秀頼がいる大阪城を攻め、秀頼とその母・淀君(秀吉の側室)を自害に追い込みました。腹黒い家康にとって恩があろうがなかろうが豊臣家を攻めることなど屁でもなかったのでしょうが、自分の孫娘の千姫(18歳。秀忠の娘)が秀頼の正室として大阪城にいることは少しは気になったようで、異説もあるようですが、すでに火の手の上がる大阪城から千姫を救い出した者には彼女の再嫁を許すと言ったそうです。

やはり異説がありますが、その時に、まっさきに名乗り出たのが坂崎出羽守でした。そして、彼はそれを成し遂げた。しかし、 俗説ともいわれますが、その時、坂崎は顔にひどい火傷を負ってしまうのです。

それでも千姫が坂崎の元に嫁入りできれば良かったのですが、坂崎の顔の火傷はひどいもので千姫はそれを嫌悪します。家康が約束したとはいえ、嫁入りを拒絶します。さらには、そこに若くて美男で有能な本多 忠刻ただとき (19歳)が登場。千姫は本多に恋をしてしまいます。彼女のために顔に大火傷まで負った坂崎は・・・

山本有三

300年ほどたって、この「徹底的に報われないラブストーリー」に注目したのが、山本有三でした。大正10年(34歳)、市村座から依頼を受けて、六代目 尾上菊五郎(39歳。この頁冒頭の写真を参照)のために戯曲「坂崎出羽守」を書きます。

同年(大正10年)上演。絶賛されます。

山本の戯曲では、坂崎、千姫、本多の他に、坂崎の家臣の松川源六郎が重要な役として登場します。坂崎が千姫を諦めようとするのに、源六郎は坂崎の本心を代弁するかのように坂崎に千姫強奪を勧めるのでした。源六郎も「大阪夏の陣」で片目を失っており、坂崎の悔しさが我がことのように感じられるのでした。ところが、坂崎は源六郎の言を拒絶。その後、源六郎は腹を切って果ててしまいます。坂崎はそれすら自分への面当てのように感じて憎むのでした。

そんな時、千姫の本多への嫁入りの提灯行列が坂崎邸に近づいてきます。そして、とうとう、坂崎の自制の糸が切れる。坂崎は一人行列に切り込んでいきます。

乱心者として取り押さえられた坂崎は、従容として切腹の座につきますが、その最期の一言が、

源六郎の死がいは、厚く葬ってやれよ。

平成29年、山本有三生誕130年を記念して36年ぶりに上演された「坂崎出羽守」を鑑賞しましたが、4代目 尾上松緑の坂崎が絞り出したこの台詞が今も耳に甦り、鳥肌だちます。

坂崎出羽守の役は、尾上菊五郎のあと、沢田正二郎、坂東寿三郎、辰己柳太郎、市川猿之助、そして尾上松緑と受け継がれてきました。

千姫を護送する船上でも坂崎は屈辱を受ける。右が六代目 尾上菊五郎の坂崎、左が三代目 尾上鯉三郎の源六郎 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:「国立劇場」(第305回 平成29年11月歌舞伎公演 プログラム)
千姫を護送する船上でも坂崎は屈辱を受ける。右が六代目 尾上菊五郎の坂崎、左が三代目 尾上鯉三郎の源六郎 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:「国立劇場」(第305回 平成29年11月歌舞伎公演 プログラム)

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「坂崎出羽守」は「徹底して報われないラブストーリー」。結局は最後には抱き合ったりして報われたり、悲劇的でも心だけはつながって報われる(切ないってやつ)小説や映画が溢れるなか、「徹底して報われないラブストーリー」は他にどんなのがあるでしょう?

あまり思いつきませんが、ヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』なんかはそうでしょうか。カジモドがエスメラルダを抱くことができるのは彼女が死んでからでしたから。彼女の心は一貫して別の男にありましたし。とはいえ、死んでからでも結ばれるのですから「徹底して報われない」とはちょっと違うかもしれません。それに、一時はカジモドは彼女から同情らしきものも受けています。

そうやって考えると、「徹底して報われないラブストーリー」はとても少ないかもしれません。

巷には報われる小説や映画が溢れているので、報われなかったとき、「こんなはずはない!」という感情も生まれやすいかもしれません。ストーカーが増えているとしたら、その原因の一つかな。現実には「報われないラブストーリー」だらけだと思うので、報われないのをデフォルトにする方が楽かもです。

そうでした、ルコント監督の映画「仕立て屋の恋」の主人公は報われませんね。彼女が好意を寄せてくれると思ったら、ただ利用されただけだったという。しかし、彼も、徹底的に不幸なようで、彼女が好きだという強い思いだけで、すでにある意味報われている。不思議な映画です。

「坂崎出羽守」も源六郎などの家臣からは慕われていたし、彼自身死ぬ間際にその家臣の心に気づくことができるのですから、ある意味報われたともいえるかもしれません。また、平成の世になっても、歌舞伎の舞台で彼に同情して涙する観客もいるわけで、時空を超えて報われているともいえるかもしれません。

沖本常吉 『坂崎出羽守 (津和野ものがたり〈4〉) 』(津和野歴史シリーズ刊行会) 『生命の冠・坂崎出羽守(定本版 山本有三全集 第一巻) 』
沖本常吉 『坂崎出羽守 (津和野ものがたり〈4〉) 』(津和野歴史シリーズ刊行会) 『生命の冠・坂崎出羽守(定本版 山本有三全集 第一巻) 』
ユゴー 『ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)』翻訳:辻 昶(つじ・とおる)、松下和則 「仕立て屋の恋 (デジタルリマスター版 [DVD])」。監督:ルコント。彼女の部屋を覗き見るときに流れるブラームス「ピアノ四重奏曲」(第1番4楽章の中間部に現われるメロディー)の甘美なことといったら
ユゴー 『ノートル=ダム・ド・パリ(上) (岩波文庫)』翻訳:辻 昶(つじ・とおる)、松下和則 「仕立て屋の恋 (デジタルリマスター版 [DVD])」。監督:ルコント。彼女の部屋を覗き見るときに流れるブラームス「ピアノ四重奏曲」(第1番4楽章の中間部に現われるメロディー)の甘美なことといったら

■参考文献:
・『山本有三全集(第一巻)』(新潮社 昭和52年発行)
  P.285-351、P.418-419、P.427-428

・「国立劇場」(第305回 平成29年11月歌舞伎公演 プログラム)
  P.2-3、P.7-17

■参考サイト:
ウィキペディア/坂崎直盛(坂崎出羽守)(平成30年5月5日更新版)
ウィキペディア/徳川家康(平成30年8月24日更新版)→
ウィキペディア/大坂の陣(平成30年8月11日更新版)→
ウィキペディア/千姫(平成30年8月6日更新版)→
ウィキペディア/本多忠刻(平成29年11月13日更新版)→
ウィキペディア/ノートルダム・ド・パリ(平成30年9月4日更新版)→

※当ページの最終修正年月日
2018.9.12

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