最初はこぞって非戦論の「萬朝報」

日露戦争(明治37年2月6日-明治38年9月5日)の開戦から日の浅い104年前の4月8日、黒岩涙香、幸徳秋水、内村鑑三、堺利彦ら「萬朝報」のメンバーが、紙上で反戦論を展開しています。

後に、4人のうち黒岩涙香(「萬朝報」の創刊者)が、世論が主戦論に傾くや同調。あとの三人は非戦論を貫いて「萬朝報」を辞めていきます。

参考サイト:
歴史データベース on the Web→
ウィキペディア/萬朝報→

※当ページの最終修正年月日
2008.4.7