馬込文学圏の空襲

63年前の4月4日、馬込文学圏(馬込地区)にも空襲がありました。

この日に限らず馬込地区にも幾度か爆弾が落ち、衣巻省三の家が焼けたり、川端龍子の家の庭に爆弾が落ちたり、小関智弘氏の父親の工場が焼けたり、と作家たちにも被害が及びます。室生犀星は体に麻痺のある妻が空襲の際無事に避難できるか心配して、何度も防空壕への避難訓練をしたといいます。山本周五郎は地域の防空班長をやりました。自主的疎開も強制疎開も多く、今井達夫、小島政二郎も空襲をさけて馬込文学圏を去っていきます。

[馬込文学マラソン] 室生犀星の『黒髪の書』を読む→
[馬込文学マラソン] 山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
[馬込文学マラソン] 小島政二郎の『眼中の人』を読む→

参考文献:
・『大森 犀星 昭和』
(室生朝子 リブロポート 昭和63年一刷)P.197-203
・『山本周五郎 馬込時代』
(木村久邇典 福武書店 平成6年一刷)P.239
・『大森界隈職人往来』
(小関智弘 朝日新聞社 昭和56年三刷)P.66

※当ページの最終修正年月日
2008.4.3