『勝海舟』の頃のアメリカ
150年前の3月4日、ペリーが死去しました。最初ペリーが浦賀(神奈川県)に来たのが1853年で、帰国して『日本遠征記』の編纂を終えたのが1857年。その翌年に亡くなってますので、“日本”に全精力を注いで、力つきたという感じです。
ちなみにちょうど2年後の1860年3月4日には、アメリカではリンカーンが大統領に就任(共和党初の大統領)し、奴隷制の拡張に反対しました。奴隷制の存続を望むアメリカ南部11衆が合衆国を脱退し、合衆国にとどまった23衆と対立、南北戦争(1861-1865)へと発展していきます。
というのがアメリカの状況で、日本は日本で、ペリー来航後は倒幕佐幕の大混乱です。当時の様子は、子母澤 寛の『勝海舟』にも詳しく描かれています。
勝海舟の咸臨丸による渡米は、1860年3月17日にサンフランシスコ着というので、37日間かかったという太平洋横断の真っ最中、アメリカではリンカーンが大統領に就任したことになります。
参考サイト:
ウィキペディア/勝海舟→
ウィキペディア/南北戦争→
ウィキペディア/エイブラハム・リンカーン→
ウィキペディア/マシュー・ペリー→
※当ページの最終修正年月日
2008.3.3
