彼にとっての「仕事」

仙台の製菓会社に勤めていた頃(80年前の1月23日)、友人の郡山弘史に宛てて書かれた石川善助の手紙より。

・・・僕はいまさくばくとしてはてしもない、十二月から詩もかかないのだ、日記もでたらめだ。詩がかけないほど疲れてゐるのだ、僕にもつと弾力ある情念の洪水をあたへしめよ、あたへしめよ、僕の生活にはうるほひがないマテリアルな世界だ、花も匂いもないのだ、人工光とほこりと雑音でいつぱいだ。おれはどうすればいいのか、仕事はわすれるものか、きつといゝ詩をかいてみせる、かいてみせる、・・・・

善助にとって「仕事」とは、詩を書くことに他なりませんでした。8ヶ月ほどして、善助は、故郷を捨てて東京にやってきます。

参考文献:
『詩人 石川善助』
(藤 一也 万葉堂出版 昭和56年一刷)P.272〜275

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※当ページの最終修正年月日
2008.1.15